お姫さまの花がひらくとき

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 それはその年の夏のことでした。  お屋敷周辺が大きな嵐に見舞われた夜、闇と風雨に乗じて隣国の兵隊が侵入してきたのです。  彼らは軍馬を駆り、目撃した領民や兵士を殺しながら一直線に領主さまの住むお屋敷へと迫りました。  辛うじてお屋敷へ攻め込まれる前に気付き応戦した領地の兵士たちでしたが、森の領地は地形の攻めにくさと貧しさから長らく戦争の標的になった経験がなく、なので兵士の数は少なく、あまり強くもありませんでした。  お姫さまは戦争になれば自分などなんの役にも立たないのだからせめてお父さまの邪魔にはならないようにしなくてはと、外の喧騒を聞きながら自分の部屋でじっと祈りを捧げていました。  みなに森の大精霊さまのご加護がありますように。  お父さまと兵士たちが無事でありますように。  お姫さまはいつまでも祈り続けました。  けれどもその祈りはどこにも届きませんでした。  領主さまは兵士たちを鼓舞して屋敷を守るために戦いましたが、戦争慣れした騎士の率いる隣国の兵隊には手も足も出なかったのです。  領主さまと奥さまが兵隊たちに連れられてお姫さまの前に現れたとき、ふたりはもう首だけになっていました。  お姫さまは悲しくなりました。  けれども悲しみませんでした。  兵隊を率いる隣国の騎士は、夜が明けたら既に殺してしまったふたりの代わりに、領民たちの目の前で見せしめに殺すとお姫さまに告げました。  お姫さまは恐ろしくなりました。  けれども恐れませんでした。  彼女はただ、夜明けを待ちました。  翌朝、お姫さまは兵隊たちの手で広場に作られた処刑台の上へと引き立てられてきました。  隣国の騎士は遠巻きに見詰める領民たちに向かって領主さまと奥さまの死を、そしてこれからその娘であるお姫さまも処刑すると告げました。  領民たちは悲しみました。  お姫さまは悲しみませんでした。  領民たちは恐れました。  お姫さまは恐れませんでした。  誰も彼もが、本人ですらもこのときまで彼女を、お姫さまを見誤っていたのです。  お姫さまは今、恐れよりも悲しみよりも、なによりもまず、怒っていました。
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