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お姫さまは確かに優しく穏やかな娘でした。
けれどもそれは、彼女の周りにいる誰もがそうであったからに過ぎなかったのです。
隣国から押し入った騎士と兵隊たちは彼女にとって初めての“敵”でした。
優しくあろうとしました。
穏やかにあろうとしました。
けれども今、初めての“敵”を目の前にしたことで、お姫さまの心の中で最も強いものも初めてその本質を曝け出したのです。
領民たちは見ていました。
鮮緑の髪の半分ほどが左の生え際からじわりと染み出した深紫に変じ、左目もまた髪と同じ色に染まったその姿を。
肩のつぼみが綻び赤黒い大輪がゆっくりと広がっていくそのさまを。
優しく穏やかだった彼女が冷たく微笑んだその顔を。
本来のお姫さまが美しく花ひらいたその瞬間を。
領民の反発ばかり警戒していた兵隊たちは足元から突然生えた無数の木の根にはまったく反応できず、それは瞬く間に彼らを縛り上げました。
お姫さまは身動きひとつ取れなくなった兵隊たちには一瞥もくれずに、領民たちを見回すとよく通る美しい声で告げました。
「この狼藉者たちは森の領地へ無断で侵入し、幾人もの領民、兵士に加え領主とその妻の命まで奪いました。ですので亡き父に代わり領主の娘たるわたくしがこの者たちを処刑します」
隣国の兵隊たちは恐れ慄き、罵声を投げかける者や悲鳴をあげる者も出ましたがお姫さまはまったく相手にしません。
幾重にも木の根が張り巡らされ今や彼女の玉座と成った処刑台のうえで、彼女は更に告げます。
「この中に家族友人を殺された者があるならば、その者には彼らの中からひとり殺めることを許しましょう」
陽の光を浴びたような鮮緑と地の底へ沈んだような深紫の双眸で領民たちを見据えながら告げました。
「この中にかの狼藉を許せぬと義憤に駆られる者があるならば、その者には彼らの中からひとり殺めることを許しましょう」
どこまでも優しく、どこまでも冷たく、領民たちを慈しむように告げました。
「けれども貴方たちが自らの手による復讐を望まないのであれば、わたくしはその気持ちをこそ尊重しましょう」
暫し沈黙した領民たちは、ひとり、またひとりとお姫さまへ向けて膝を折りこうべを垂れました。心優しく穏やかな領民たちは親しい者を失ってもなお、復讐を望まなかったのです。
お姫さまは満足そうに笑みを深めると領民たちへ告げました。
「よろしいでしょう。貴方たちのその優しさをわたくしは誇りに思います。ならばこの者たちへの処罰は誰かが手を下すのではなく、森へ還すことで為すとしましょう」
そのときのお姫さまの髪は、中ほどよりも少しだけ、鮮緑が勝っていたそうです。
その後、お姫さまは遅まきながら駆け付けた本国の騎士に事情を説明し、成人するまでは後見人を付けるという条件で領主の地位を継ぐことになりました。
領民たちの中には美しくも恐ろしく変貌したお姫さまを恐れる者もありましたが、接しているうちに以前の彼女と何ら変わりはしないと思うようになり、彼女の元でまた穏やかな日々を送るのでした。
隣国から攻め入った兵隊たちは、お姫さまの操る木の根によって自由を奪われたまま森の奥深くへと打ち捨てられました。
彼らは生きたまま獣や虫たちの餌食となって森へ還り、彼らの故郷へと戻った者はひとりもいなかったそうです。
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