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ただいまの言葉
到着口の周りでは、誰かを迎えるために待つ人が人だかりを作っていた。
「こころ!」
聞き覚えのある声に、顔を上げる。1ヶ月ぶりに見る顔。駆け出して胸の中に飛び込む。
「たっちゃん! ただいま」
「ただいま」……なんて、甘い響きなんだろう。私の冷えた体を包み込むぬくもりに身を任せて、ゆっくりと彼の匂いを吸い込む。
「ほら、これ」
揺らされた袋の中は、私の大好きなトータス。コッペパンの真ん中に、たっぷりのバタークリーム。その上を覆い隠すチョコレート。それに、揚げ焼きそばパンも一緒に入っている。小腹満たしにはちょうどいい量だ。
「ありがと!」
「ご飯食べるまで、時間あるからお腹空くかなと思って」
「うん、車で食べていい?」
そう問いかけながら、抱きしめていた腕を外せば少し残念そうな表情。すかさず、指を絡め合う。これが、日常に変わっていくのか。前ほどときめきなんてものは、感じなくなってきている。
「うん、いこうか」
すれ違う人たちは皆、大きなカバンを抱えて希望に満ち溢れたように目を輝かせている。これから旅立つ人も、ここに辿り着いた人も。
空港内の美味しいご飯も捨てがたいけど、今日は予定がある。行ってみたいお店はいっぱいあるけど、それは帰る時だ。
駐車場はだだっ広くて、2000台くらい止められそう。半分くらい既に埋まってるけど。前を歩く老夫婦がお互いの荷物を交互にに持ち合って、仲睦まじそうに歩いてる姿に視線が止まる。
「あそこ」
彼が指さした方に目を向ければ、見慣れた黒の車。右手は彼と繋ぎながら。左手は、バックを引きずって車へと向かう。
車に乗り込んですぐに、袋からパンを取り出す。
「いただきまーふ」
「もう食べてるし。俺も」
揚げ焼きそばパンを咀嚼しながら、もう一つのノーマルの焼きそばパンを手渡す。
揚げ焼きそばパンは、ザクっという音共に油がじゅわりと口の中に広がっていく。パンの油と焼きそばが混ざり合って、口の中は幸せの味がする。油っぽすぎないのは何か工夫があるのだろう。
「もう食べたの?」
「うん、おいひかった」
「よかった」
モグモグとパンを食べながら、前を見据える彼の横顔はいつも見てる顔。最近は、横顔ばかり見てる気がしてきた。
「とりあえず夜ご飯は、カレーラーメンかなぁ」
「あ、言ってたとこ?」
「うん」
「そっか」
それだけ呟いて、車の中で反響する彼の好きな曲に耳を澄ませた。いつも同じアーティストの同じ曲ばかり。私もソラで口ずさめるようになってきちゃったよ。
付き合い初めの頃は私の好きなアーティストとかも、入れてくれてたのにね。少しだけ怨みがましい気持ちが、胸の奥を突き動かす。
私たち、このままで良いのかな。
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