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だが待てども僕は死ななかった。加えて、少年の持つナイフが小刻みに震えて脈を揺らしている。混乱して、まぶたを恐る恐る開けた。
少年は顔を真っ赤に染めて、その血の気を吐き出すかのように何度も大きく息を吐いていた。さっきまで冷笑を浮かべていた頬は直線になっていた。
きっと武器を持ったのは初めてなのだろう。入隊したてのころの自分を見ているようでどこか不思議に思った。ちょうど十年前の自分を直視しているみたいだ。
「僕を殺したいんだろ? なら僕の軍隊が来ないうちに早くすませたほうがいい」
そう彼に投げかけると、少年は悔しそうに顔をゆがめて僕を睨んだ。
「あぁお前らなんか殺してやりたいさ。きっとぼくの両親もお前の国の軍隊に殺られたんだ。だけど、ここで一人殺ったところで戦争は終わらない。どっちかが滅びるまで続くから」
「君も両親がいないのか」
「え?」
どうやら彼もまた、僕に負けず悲しい境遇を背負っているらしい。
今まさにここで敵に喉元を狙われているというのに、あろうことか親近感が湧いてきてしまっていた。
「僕も両親がいないんだ。ちょうど君と同じぐらいの年齢の時に、君の国の軍隊に切り殺されてね。身寄りのなかった僕は兵士として戦場で戦うしかなかった」
「……」
「不幸は連鎖するものだ。もし君がナイフを捨ててくれたら僕も一切危害を加えない。僕だって好きで殺しているわけじゃない。もう一度言うが、生きるためにしていることだ」
そう提案するとナイフが床に当たる鈍い音が聞こえてきて、僕を押さえつけていた腕が首元からすっと離れた。圧迫されていた動脈が血液を渇望するかのように何度も脈打つ。
僕は胸で大きく息を出し入れしながら、自分を信じて助けてくれた少年に深く感謝した。
殺るか殺られるかの世界で「信頼」という言葉を思い浮かべたのは初めてのことだった。
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