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やがて林の中に入って銃声が聞こえづらくなっても、やはりスピードを落とさずに夢中で地面を蹴り上げていく。自然特有の落ち着いた匂いがした。
体温が吐きそうなほど上がりきって、木々に流れる風に身体が溶けて跡形もなく消えてしまいそうだった。それでも止まらなかったのは少年をすぐにでも安全な所に避難させたかったからだ。
突然目の前の世界が半回転したかと思うと、僕の身体が空中に投げ出されて地面を転がった。木の根にでも引っかかったか。
反射的に少年を探す。あぁよかった、すでに立ち上がっていてどうやら無傷のようだ。また彼に肌を寄せようとして立ち上がる。はやく出発しなければ。はやく……
少年の目に驚愕の色が浮かんでいた。
「腹から……血が……」
木々の葉がお互いに擦れあって不気味な音を出していた。おそるおそる腹部に手を当てると、ペンキに触ったみたいにどろどろした質感が手に残った。
顔の前によこすと赤黒い液体が手全体を毒々しく染めているのに気づく。腕を力なく、半円を描いて地面に下げた。
急に全身の力が音もなく抜けて膝をついてばたりと倒れ込んだ。あぁ僕は気づかないうちに被弾してしまったのか。
閉じかかったまぶたの間に駆け寄る少年の姿が移った。シャツのあちこちに僕の生き血がこびりついている。
「なんで……なんで助けてくれたんだよ」
消え入りそうな声だった。泣きそうな彼に向かって力なく微笑む。
「僕ひとりを殺したところで戦争には関係ない、と君は言ったな」
そうだ。最初は殺し合う仲だったのだ。まさか命をかけてまで少年を助けるとはな。運命とは残酷でつくづく興味深いものだ。
「だったら君ひとり助けたところで同じだ。ひとり敵国の子供が増えても戦争には全く影響しないね。君が『生きる』ために僕がしたことさ」
「でも……それでも……」
少年の綺麗な目尻から涙がこぼれ始めた。手の甲でぬぐってもぬぐっても止まらないようだった。
それでも彼に聞かなければならないことがある。もう時間がない。
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