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でも、体は動きませんから逃げることもできない。それに動かせる目の範囲だと、見えるのはそのストッキングを履いた脚だけで、その上にあるはずの全身像までは見えないんです。
ただ、じっと無言で枕元に立つ、微動だにしないその脚だけが、視界の隅に覗いている……。
「……とう……がと……」
……いや、恐怖に耐えながらその脚を見つめていると、その脚の持ち主は無言ではなく、何かブツブツと言ってるようなんですね。
「……がと……がとう……」
動くこともできないですし、脚以外は見ることもできない……他には何もできない状況の中、意図せずその声に耳を澄ませてしまっていると、どうやらその女は一つの言葉をずっと繰り返しているようなんですね。
「……りがとう……ありがとう……」
……そう。「ありがとう」って、ずっと言ってるようなんですよ。
ありがとう? ……何が、ありがとうなんだろう……?
取り憑いた霊が恨みごとを言うんだとか、何か恐ろしい、ネガティブな言葉を口にするんならわかりますよ。でも、反対にお礼を言うなんて、なんだかちょっと変ですよね?
いまだ恐怖を抱きつつも、反面、A君はそう冷静に疑問を感じながら、いつの間にやら寝入ってしまうと、気づけばもう朝になっていたそうです。
何事もなかったかのように朝を迎え、昨夜のことはただの悪い夢だったのかもしれないなあ…と思ったりもするA君でしたが、ところが、そのストッキングを履いた女の脚は、その日の夜も、そのまた明くる日の夜も、そのまたさらに次の日の夜も、変わらず彼の枕元に立つようになりました。
そして、金縛りでA君が動けない中……
「…ありがとう……ありがとう……」
と、ずっとそれだけをボソボソと繰り返しているんです。
何が「ありがとう」なのか? A君にはまったく見当がつかない。なぜ、わざわざ自分の枕元に立ってそんなことを言ってるのか? その理由がわからないんですよ。
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