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「じゃあ、他の部屋ならあるってことですか?」  すると不動産屋は、「ああ、いやあ、Aさんのお部屋ではなかったんで、あえてお話することもないと思ったんですがぁ…」と、今度は目に見えて言葉のキレを悪くしながら、しまった! 口を滑らせた! というような感じで話し出したんです。 「いやですね、Aさんの借りられている502号室は何事もないんですけどね、おとなりのお部屋、じつは以前、住人の女性が自殺をしていましてね。なんでも男女間のもつれが原因だったみたいなんですが……ま、そのせいか不人気で、借り手の出入りも激しいんですよ……」  不動産屋はそんな風に、Aさんの部屋ではなく、そのとなりの部屋が事故物件だと白状したんですね。  しかも、その話しぶりからして、おそらく事故物件というだけでなく、はっきりとは言わないけれども、やっぱり何か(・・)あるような様子なんです。  となりの部屋とはいっても、ただの壁一枚隔てただけですよ。そうなると、A君の身に起こってることとも無関係とは思えませんよね?  なるほど……じゃあ、あの女の脚はその自殺したとなりの住人のものなのか? でも、右どなりと左どなり、いったいどっちの部屋だ? ……ああ、あの薄気味悪い501号の女! そのとなりの部屋ってのが501号の方で、あの女がその霊に取り憑かれているんだとすれば、あの不気味な態度にも納得いくな。  不動産屋の話に、A君の中でこれまでの出来事がだんだんに繋がってきました。  でもですよ、続けて不動産屋はなんだか変なことを言い出すんだ。 「今、おとなり空いているでしょう? まあ、そんなわけで借り手がいないんですよ。けど、Aさんのお部屋は特にクレームのあったこともないですし、これまでも長く借りている住人ばかりでしたんで大丈夫ですよ」  ……おとなりが、空いている?  いや、そんなはずはないんです。まあ、片方はちょっと気味悪い感じだけど、ちゃんと両どなりとも生身の人間が住んでるんですから。 「いや、両どなりとも若い女性が住んでますけど……もしかして、部屋の階間違えてませんか?」  怪訝に思い、A君はそう聞き返しました。 「ええ? ……いや、おかしいな。5階で合ってますよ。何かの勘違いじゃないですか?」  ですが、電話の向こうの不動産屋は何か資料でも確かめている様子で、改めてはっきりとそう答えるんです。
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