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煌びやかな装飾品がスポットライトに当てられ、壇上をより輝かせた。
演目は『愛に生きる女』。身分の差を越えて愛に生きるが故に命を落とす女の一生を描いている。
『私の身体はあなたに寄り添うことはできない。けれども、私の心は、あなたの情は、共に慈しみ寄り添うことができるのです』
観客の視線を一人占めするのは、若い女俳優。赤いドレスに美しい造型の仮面を付けて決められた役を演じる。
『あぁ、愛しい人よ。あなたの心、私の情はあなたのもの。共に歩み進むことは出来なくとも、私は延々にあなたを想い続けましょう』
対するのは、観客席の上方に位置するバルコニーから黒い軍服を着た男が、赤いドレスの女に向かって語りかける。
彼こそが、女を拐かし、人生を転落させる張本人だ。だが、この一幕では、まだお互いを想い想われるどこにでもいるような恋人同士にしか見えなかった。
「団長、やってますね」
掛けられるはずのない声を掛けられ、団長は思わず眉間にシワを寄せた。
壇上や客席を一望できる舞台後方にある裏方。ここではスポットライトや幕の上げ下げ、更には音響も扱っている場所だ。裏方要員ならまだしも、上映中に役者が出入りして良い場所ではない。
「スラッグ。君、自分の持ち場は……」
「それまでには帰りますよ。けど、こういう機会じゃないと団長と2人きりで話せないじゃないですか」
目元に役柄の白い仮面を付けているスラッグがニッと口元に笑みを浮かべると、団長は短く息を吐いた。まだ入団歴が短い彼が、劇団の長たる自分と話せる機会が少ないのは重々承知している。だからこそ、黙認することにした。
「団長はさ、何で団長なのに役者にならなかったの? 練習では見本とは思えないほど白熱した演技を見せてくれたのにさ」
「それが聞きたいことかい?」
「うん」
団長は役者の動きに合わせて、舞台の流れに合わせてスポットライトを動かし、音響を変えたりした。切な目の曲調から華やかな町の風景を思い出させるものにする。
「私は醜いからね。どんなに演技が上手くても体型が悪ければ役者にはなれない。上層部の求める演劇は美を追求するものだから、役者も美しいものでないといけないんだよ」
団長の言葉にスラッグは言葉を無くす。団長の言葉は今の世の中の常識だからだ。
人々は美とは顔の良し悪しで決まるものではないと考え、生きとし生きる者には始終仮面を付けることを義務付け、真の美しさとは身体の造形や動きで表現するものと取り決めた。
しかし、だからと言って団長が醜い訳ではない。平均身長より低く、少し小太りしている程度だ。
身体は常に清潔を保ち、身の振る舞いや作法は完璧。美しさを求めるならそこを重視するべきではないのか。
それに昔は痩せていたらしいが、伸びない身長のせいで子供と間違えられることが多く、貫禄を付けるために腹に脂肪を溜めたと古参の劇団員たちから聞いたことがある。
とどのつまり運のない人なのだろう。
「……何か理不尽でムカつきます」
「それが世界の理さ」
団長は格好良い。見た目ではなく中身が、器が格好良いんだ。それを分かろうとしない上層部に、スラッグは苛立ちを覚える。
「ほら、そろそろ行かないと君の出番が来てしまうよ。早く行っておいで」
「はーい、分かりました」
団長に促され、裏方から出ていこうとした時、背中に声をかけられた。
「ありがとう、気にかけてくれて」
スラッグが振り向いた時には、団長の意識は舞台に向いていた。
声を掛けようか悩んだが、スラッグは独り言として留めておいた。
「……ありがとうはこっちの台詞だっつーの」
拾ってくれてありがとう
演じる楽しさをくれてありがとう
家族と呼んでくれてありがとう
たくさんの感謝と優しさを貰ったのはこちらの方だ。
この舞台も成功させる。
スラッグは仮面の端を指で突っつき、笑みを浮かべて壇上に立った。
あの人への『ありがとう』は演技で返す。
自分にはそれしか出来ないのだから、スラッグは今日も“笑い者”を演じた。
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