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 はぁ!?発作が起きたのか分からない!?待て待て。この人、今になって何を言い出すんだ?  彼女の突拍子の無い言葉を聞いて、口をあんぐりとさせる。 「それなら、喘息発作が起きていないのに、なぜ吸入薬を袋から出して握ったんですか?吸入の必要があったからですよね?」  一体、彼女は何処に視点を置いて、脳内の分析回路に何が引っ掛かっているのか。 「吸入薬を掴んでいたから喘息が死因?ならば、もし仮に老人が食べかけの餅を持って死んでいたら、おまえは餅を喉に詰まらせ窒息死したと断定するのか?」 「勿論です。食べかけの餅を持って顔面にチアノーゼが出ていたら、普通はそう判断しますよね。毎年、正月にはよく聞く話じゃ無いですか」 「普通とは何だ?実は餅は関係なく、そのタイミングで心筋梗塞が起きたのかも知れない。家族が保険金や遺産目当てで毒殺したのかも知れない。餅が原因だとしても、無理やり口に押し込まれて窒息死させられたのかも知れない」 「そんなっ、そんな事を言い出したら切りが有りませんよ」  亡くなった人を全て解剖するわけはいかない。しかも、毎回そんな事故が起きる度に家族を疑えと言うのか!? 「切りが無いと言う理由で、その老人は『餅を詰まらせて死んだ不運な爺さん』で八十年、九十年の人生を終わらせて良いのか?」 「それは……」 「喉に詰まった餅を確認した時、そこで初めて(しょく)(もつ)()(えん)による気道閉塞で死因が確定する。死因に繋がる物を手にしているからと言って、安易に信じるなと言っているんだ。私達が先入観で向き合った時点で、御遺体の最期の語りが消されてしまう」  目に入れた世界を透き通す様な、美しいグレーの瞳が俺を捕まえる。  御遺体の、最期の語り……  彼女の声はやはり淡々としていて、素っ気なくて冷たくて。それなのに何故なのか、心に深く突き刺さる。 「(あさ)()()()も同じ。声を失った彼女の言葉を聴くことが出来るのは、私達しかいない。……これを見てみろ。彼女が残した言葉だ」  突っ立つ俺を見上げて言った後、莉緒は再び遺体の顔に触れた。
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