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思春期の恋心なんて風が吹けばすぐに変わってしまうくらいに不確かなものだと思っていた。
しかし、尊は性懲りも無く寿の元へ通い続けている。不安がない訳ではないが、長い時間よそ見をすることもなくずっと自分に向かい合ってくれる。宝来ホールディングスの御曹司なら他にも寄ってくる人間は沢山いるだろう。
「お前告白とかされねえのかよ」
「まぁ、それなりに」
中学を卒業して高校へ、そして難関と言われる国立大学に合格。そして成人を迎えてから、大学四年生で無事に宝来不動産ホールディングスの内定を自分の力で勝ち取った。それを聞いた時は流石に男泣きをしてしまい、尊から「大袈裟だよ」なんて揶揄われたりした。
学業とバイトの合間を縫って、尊は寿の家に遊びに来る。社員寮である四畳半のボロアパートに尊を呼ぶのはいささか気が引けたが他に連れて行けるところと言ったら昔ながらの居酒屋か、徒歩圏内にあるパチンコ店くらいしかない。そんなところに尊を連れて行くのはいくらなんでも出来るわけがない。
「ボロアパートよりサークルの飲み会とか行った方がいいんじゃねえの?」
「サークルっていっても文系サークルだから飲み会なんてやらないし、バイト先も本屋さんだからパートのおばちゃんしかいないよ。それに……」
「それに?」
「寿がいなきゃ意味ないじゃん」
自分で言って恥ずかしくなったのか、一気に缶チューハイを煽った。アルコール度数が低いサワーだが、尊は酒がとにかく弱いのでこれだけでも顔が真っ赤になる。
「おい、もうやめとけよ。帰れなくなるぞ」
「帰れなくてもいいもん」
「いやダメだ。武内さんに顔向け出来ない」
「もうお酒も飲めるし、大人なのになぁ」
箱入り息子の尊は未だに外泊を許されていない。たとえ寿の家でもちゃんと武内が迎えに来る。一度尊をベロベロになるまで飲ませ過ぎてしまったことがあったが、未だにその時の武内の険しい顔を思い出す。使用人を辞めたと言えども元上司。出来るなら武内からの信頼を失うようなことはしたくない。
「だからそれで最後にしとけよ」
「はぁい」
幸いにも尊がこうしていうことを聞いてくれるのはありがたい。自分が同じくらいの頃は……と比べてしまうこと自体、歳を取った証だ。
「ねぇ、寿」
不意にこちらに向く視線。心が跳ねる。最近、心が騒つく瞬間が増えた。
「あともうちょっとだね」
尊が何を言わんとしているか、すぐに分かってしまった。あの日、二人結んだ約束。社長室での一波乱があってから武内の迎えを待つ間に交わした〝約束〟を叶える時が一刻一刻と近づいている。
「やっぱりなしっていうのはダメだよ」
「そんな生半可な気持ちで約束なんてするかよ」
「そうだよね。寿は絶対に卑怯なことしないの、僕は知ってるもの」
大学を卒業して、無事に宝来ホールディングスに入社をすることが出来たら──その時は一人暮らしが許される。そして新しい家で二人、恋人として共に生きていくとあの日約束したのだ。
「坊っちゃまが今日もお世話になりました」
「いえ、そんな。家でのんびりしていただけですから」
「坊っちゃまは伊沢さんに会うのを楽しみにテストやアルバイトにも勤しんでいらっしゃいます。そろそろ坊っちゃまの入社の日も近いですが、伊沢さんも一緒にお住まいになるのでしょう?」
「あ、まぁ。そんな感じっすね」
「最初は坊ちゃまを独り立ちさせるのは早過ぎるのではないかとも思いましたが、伊沢さんがいらっしゃるなら安心です。どうぞ、坊っちゃまのことをよろしくお願いいたします」
酔ってスヤスヤ眠る寿を後部座席に乗せた後、武内は深々と寿に頭を下げた。生まれた時からずっと尊の成長を見守り続けてきたのだ。自分の子供同然に思っていた尊が家を出るとなると込み上げてくるものがあるのだろう。
「こちらこそ。坊ちゃんに助けられて今があるんで……命ある限り坊ちゃんに尽くします」
尊は未だに寝息を立てている。もしこの言葉を聞かれていたら大袈裟な、なんて笑われてしまうだろうか。だがこれが本心であるから今更引っ込めろなんて言われても無理な話だ。
尊を乗せた車がゆっくりと走っていく。そして闇夜に消えた。ヘッドライトの明かりが目に焼き付いている。尊のことがいつまでも頭から離れない。
──あともうちょっとだね。
そう口にした時の笑顔に不覚にもグラリと来てしまった。
ふと思い出す。尊と約束を交わした日のことを。
あれは社長室から出て、清掃スタッフが使う休憩室で武内がくるのを待っていた時だった。
「寿は僕が大人になったら、側にいてくれるの?」
「……分からねえ」
「だって寿は〝子供だからダメ〟って言ったじゃない。じゃあ、大人の僕ならいいのかなって」
「尊が大人になる途中でもっといい出会いが見つかるよ」
ここで交際の約束をしたとしても叶うことはないだろうと寿は思っていた。仮に大人──成人した時点で寿は四十だ。その間に様々な出会いがあるだろう。そして別の誰かと恋をして寿のことなんて忘れる。それが何よりも怖いのだ。
一方で約束をして縛り付けたいと言う気持ちもある。たとえ一生添い遂げられなくても、尊の初めての男は自分がいい。自分勝手なのは分かっている。だがそれでも尊を思う気持ちを止めることは出来ない。
「僕がそんな薄情な奴だと思う?」
「そうは思ってないけど、尊の将来を潰したくないっつーか……」
「もぉー! そういうところだよ! ことぶきっ!」
「そういうところってどういうところだよ」
「僕のことばかり優先するところ! で、本当の気持ちを隠すところ!」
見事に見抜かれている。二十も離れた子供に自分の心の中を見抜かれるなんて、自分の未熟さを感じて思わず目が泳いだ。
「寿の本当の気持ち……聞かせてよ」
「分かった分かった! だからそんな泣きそうな顔すんなって」
尊の暗い顔にはどうしても弱い。惚れた相手が暗い顔をするのは嫌だ。いつも明るく笑っていて欲しい。きっと寿だけではないはずだ。
「あー……なんて言うか、うまく言えないんだが」
ジッと見つめてくる目。追及の眼差しが刺さる。寿は振り絞るようにして言葉を紡いだ。
「もし尊が社会人になっても俺のことを好きでいてくれたら……そしたらその時は、ちゃんと付き合って、全部俺のモンにしたいと思うよ」
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