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住宅もまばらな麓の町で、就寝中の夫婦が猟銃で殺害されたのが半月前のことである。凶器ゆえに被疑者はすぐに絞り込まれ、被害者と遺産相続でトラブルになっていた甥の小林敦という40代の男が捜査線上に浮かんだ。自宅はもぬけの殻だったが自動車が残っていたことから、近隣に潜伏していると判断した捜査本部は聞き込みによる捜査を進めたが、小林を確保することができないまま再び猟銃による殺害が起きた。今度は小林がかつて働いていた土建会社の社長で、現金が数十万円持ち去られていた。
こんなにのどかな地域で殺人事件が起きるのは、所轄の刑事として長年勤めている武藤にとっても初めてで、張り切っているなと2年近く相棒として常にそばにいた雪村は感じていた。捜査会議でも積極的に発言するものの、土地鑑がありフットワークは軽いがいまいち詰めの甘い武藤の意見は、殺人事件を数多く扱った百戦錬磨の刑事たちから一笑に付されてしまった。武藤は不平たらたらだったが、ドラマでもあるまいしベテランを出し抜いて小林を発見できるわけでもなく、いち捜査員として地道に聞き込みに回っていた。
残念ながら武藤と雪村の聞き込み範囲とはまったく違うところから有力情報が得られ(小林と地縁がない範囲をわざとあてがわれたなんて武藤はぼやいている)、捜査本部は銃を携帯のうえ山狩りを行うことにし、普段から山に入ることのある武藤にも声が掛かった。都会っ子の雪村も成り行き上加わったが、格闘には自信があるものの射撃はあまり得意ではない。それよりは、もういい歳なのに気持ちが先走っている武藤のお守り、もといサポートをすべきであろうと雪村は考えた。
小林は猟銃2丁と食糧を持っていて、岩陰や洞窟を移動して逃れていたが、3日目に山頂近くに追い詰められた。しかし弾も相当数所持しているらしく空に向けて威嚇射撃を繰り返すものだから、おいそれと近づけない。膠着状態で時間だけが過ぎていった。
崖下の監視を命じられていた武藤は、無謀にも急斜面をよじ登り、背後から小林を捕らえようとした。雪村は必死に後を追った。もし武藤が危険な賭に出ようとしたら、ぶん殴ってでも阻止しようと思って……しかし間に合わなかった。崖を登りきった武藤に小林が気づいてしまったのだ。
それでも武藤と小林の間は十分な距離があり、小林は動揺していたのか1発目を外した。その隙に武藤は愛用のニューナンブをホルスターから取り出していた。
銃声が2回響き、武藤の体が雪村の脇を滑り落ちていった。反射的に伸ばした手は虚空を掴むだけだった。
「武藤さん!」
倒れた小林を数人の捜査員が押さえ込むのを確認すると、雪村は慌てて崖を下っていった。
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