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ヘリコプターはまだ上空を旋回しているようだ。怪我をした被疑者ひとりを収容するのに、そんなに手間取るものなのか。携帯電話を取り出したが、圏外になっている。
「……煙草吸っていい?」
武藤が訊ねる。こんな状況で煙草を持ってきたのかと雪村は呆れたが、もともとヘビースモーカーで雪村が口うるさく注意してもやめられないのだから、無い方が不自然かもしれない。仕方がないと雪村が言うと、武藤は胸ポケットから1本取り出して咥え、火をつけて旨そうに煙を吐いた。
「1本だけですよ」
「わかってるよ、そう睨むなって」
睨んでいるつもりはない。武藤が急に意識を失わないか、脚の痛みで苦悶しないか気が気でないだけだ。武藤が滑落したのは多くの捜査員が見ているはずなのに、誰も探しに来てくれない。出血は大したことないとはいえ骨が折れているのだから、早く治療を開始しなければ後遺症が残るかもしれないし、他にも負傷している可能性すらある。
「俺、人を呼んできます」
立ち上がろうとする雪村の腕を、武藤は強く引いた。
「駄目だ。お前はこの山を知らないだろ。低山だからって舐めてると、絶対に迷って動けなくなる」
「でも……」
「遭難するなら、ふたりの方がいい」
真剣な目で言われると、妙に説得力がある。
「わかりました」
雪村はまばらに生えた草の上に座り直した。すこし落ち着かなくては。山に入ったのは本庁の刑事だけではない。所轄の仲間たちも持ち場を与えられている。下山すれば武藤と雪村がいないことにすぐ気づいてくれるはずだ。
時計の針は殆ど進んでいないが、何時間も待っているような気がする。苦痛と闘っているはずの武藤に声を掛けようにも、なにを話したらいいかわからない。
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