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日が翳り、寒くなってきた。
「……なあ、ユキ」
「その呼び方はやめてください、仕事中ですよ」
「俺、こんな状態だし戦線離脱だろ?」
「まあ、そうですね」
「ほかに誰もいないし」
「……」
雪村だって本当は不安から逃げるために武藤を抱き締めてしまいたいくらいなのだが、どうしても感情のままには動けない。
武藤がかすれた声を出した。
「一緒に住もうって話……」
「それ、今しますか?」
「だってお前、いつもはぐらかすじゃねえか」
だいぶ前から武藤に寮なんか出て一緒に暮らそうと言われている。せっかく休みが合っても雪村が泊まらずに帰るのが不満なのだ。雪村は早く昇任試験に受かって本庁へ異動するのを目標としている。ろくに勉強もしていない武藤とは、たまたま同じ警察署に勤務して始まった、期間限定の割り切った関係である……そのつもりだった。
「そりゃ俺はだらしなくて散らかし放題で、いつもユキに注意されてるけどさあ」
「……」
「だから、お試しってのはどう?俺が怪我で動けない間だけ、一緒に住むの」
雪村は鼻で笑ってみせた。
「俺は介護要員ですか」
「そんなこと言うなよ」
「じゃ、日当くださいね。俺はヘルパー2人分くらいの価値ありますよ。なんでもできますから」
「あーそうだな。雪村くんは優秀、優秀。仕事できるだけじゃねえもんな。炊事洗濯掃除得意だし、夜の方も……」
「それはヘルパーの仕事じゃない」
なにか文句を言ってないと、頷いてしまいそうになる。出世欲より、武藤への情が勝ってきている自分に気がついて、雪村は愕然とした。
ヘリコプターの音が静寂を破る。武藤は喋るのをやめて顔を歪めた。額の汗を拭ってやり、雪村は空を仰いだ。
「ユキ……」
浅い息の中で名前を呼ばれ、腰に顔を押しつけられると、抵抗できなくなる。雪村は急にいとしくなったひとの、砂で汚れた短い髪を撫でた。
早く探しに来て欲しいのに、誰にも来て欲しくない、変な気分だった。
─了─
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