弱者の冗談

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注文したパーティーサンドセットは、うさぎ型に型抜きされていた。 「可愛いね」 未だに肌寒い外を考慮してか、今日はよく暖房が効いている。脱いだばかりの春コートを持ち上げて、バッグのチャックに手を伸ばす。誰も止めないってことは、撮影OKってことでしょ? 「このお店は、お一人で?」 どうやら友人もこの店を気に入ってくれたようだ。悪目立ちのしないクラシカルな出で立ちは、この友人にも通ずる。自動ピアノが修理中なのは惜しいけれど。 「ええ、ずっと夢でしたので」 「素敵ですね。お若いのに」 シャッターを押してから、この店の薄暗さを思い出す。これだと、SNSに上げる前にフィルター加工が要る。 「いえいえ、そんなことは」 ティーセットを取りにマスターが離れた時、鳩時計の鳴き声が店内に響いた。12時。その後の予定を考えると、思わず友人の手元に目がいってしまう。唾を呑んだのは、空腹のせいにする。 「お待たせしました」 甘い香りが満ちるティーカップに、唇をつける。待ちきれない。この緊張感に、慣れることはなかった。 「ねえ」 「お客様は、素敵な『ご友人』をお持ちですね」 話を遮った詫びなど、頭に入ってこない。『友人』をいやに強調してなかったか、この人。落ち着け。背筋を伝う汗は、暖房のせいだから。 「いいえ、そんな大した話でもありませんから。大学の同期なんですよ。サークルも一緒だったので、腐れ縁ですね」 友人は面白そうにスマホを開く。 「こんなことして遊んでたんですよ」 きっと、大学時代に解いた証明式を見せているのだ。この人は、ずっと自慢していくのだろう。わかるのは、『友人』だからだ。 「ああっ...えっと」 気まずそうに言葉を濁すマスターが気にくわなかったのか、友人は顎をしゃくった。自分で言い出しておいて、腰を折るな、と。 「今でもこうして男女お二人で出かけられるなんて」 「そんなの、珍しくもないよ」 そう、珍しくはない。 「シャツの胸ポケットの中身も」 ジャケットを着たままでいた彼の額は、うっすらと汗ばんでいた。 「見せたくないくらいに?」 まるで、確信しているかのような物言いだ。 「なっ」 こんな時、もっと堂々としていてくれたらいいのに。すぐに苛立ってしまうのは、彼の欠点だ。そういう私も、空のティーカップをいかに静かに戻せるかで苦慮している。 「私達の仲を疑ってるのか?客のプライバシーだろ」 「疑う?まさかそんなっ」 パリーン 陶器が砕ける音が響いた。少し遅れて聞こえた陶器のぶつかる不格好な音は、私の手元で鳴った。 おかしい。だって、店内に私達以外の人はいないはず。では店外か。 どこでそんな音がしたというのだろう。そう、厨房の、奥の方...。厨房?おかしい。マスターのキッチンスペースは、カウンターで完結しているはず。 「っ」 厨房と思われたスペースの扉を開くと、簡易的な事務室が広がっていた。アルミ製のデスクの冷たさが、カフェとの距離感を強調している。けれど、気になったのは、紅茶を出されて座っていた女性だった。 「『俺は』、そんなことしませんよ」 足下に散らばる破片が、女性が握りしめる紙の束が、静かに告げている。冗談はここまで、と。 女性の名を呼んだのは、彼だろうか。私だろうか。 「今日は、息子の参観日だって」 「私のこと、嗤ってたの?」 「待てよ、今日のことならちゃんと話しただろ。それにこんなのあの男の冗だ」 言葉は、継げなかった。目の前に突きつけられた写真に、今度こそ崩れ落ちそうだ。 「この日、会社で泊まり込みだって言ってた」 男と腕を組んで建物から出てくる女は、サングラスと帽子で変装しているつもりだろうか。ちっとも隠せていない。私だ。 「宿泊記録まで遡ってくれたの。10年前からってどういうこと?ねえ、大学から続いてたってこと?そんなに楽しかった!?」 裏切り者オと泣き崩れた女性が罵るのは、夫だろうか。諦めの悪すぎた親友だろうか。 鳩時計が短く鳴く。12時半の合図。 泣き崩れる彼女も、立ち尽くすしかない彼も、きっと聞いては居ない。 「言ったでしょう?『俺は嘘つきだ』って」 例の笑顔で差し出された名刺には、探偵と付されていた。 「それに、ネタばらしは4月1日の午後と相場が決まってますし」 エイプリルフール、か。くだらない。だけど、ここで苛立つ資格は私にはなかった。でも、どうか許して。 「『クレタ人は嘘つきだと、クレタ人は言った』。『嘘つき』を認めたあなたは、本当に嘘つきかしら」 冗談にもならない意趣返しに、厚い唇を持ち上げた。 「どうでしょう」
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