第一章『産土神の隠れ社』

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「うわっ!」  驚き後ろに仰け反った私の背中を玉彦が支えて、背後で笑っている気配がする。  澄彦さんは腕組みをして件を見下ろしてニヤニヤしていた。 「い、生きてる!」  指を指して振り返れば、玉彦は唇を歪めて顔を背けた。  生きていると知っていて、私が驚くだろうと解っていてこの二人は何も言わなかったのか。 「一度は死んだんだよ。この件は。でもね、僕がまだここを訪れていた時にね、ちょっと実験台になってもらったんだ」 「実験台!?」 「うん。式神ってどうやったら生み出せるかなって。動物の死骸なんて早々無いし、耐久力ないし、だったらあやかしの件だったらそこそこ実験に耐えられるんじゃないかって思ったの。そうしたらね、何回目かで成功したんだよ。僕って天才!」  胸を張って自画自賛する澄彦さんに半目になった玉彦は私の肩を抱いたまま、箱を手繰り寄せた。 「式神となった件は以前のように予言はしない。しかしたまに社を出歩いている。俺も最初に見た時には驚いた。今の比和子のようにな」  玉彦が次代になったのは祖父の道彦が亡くなった小学二年生。  その時から隠れ社のお掃除を担ったんだろうけれど、今でこそ太々しい玉彦も小学二年生だとまだまだ初々しく奇妙な仔牛の姿の件が歩き回っているのを見て腰を抜かしただろう。  そして澄彦さんは知っていて黙っていた、と。  件はこちらをぼんやりと見ていて、そのまま瞼を閉じて眠ってしまうかのように見えた。  しかし瞼を閉じた代わりに人間のような唇がゆっくりと開く。 「汝……」 「はっ!?」  甲高い声に思わず辺りを見渡したけれど、どう考えたってこの声は件の声だった。  玉彦も澄彦さんもまさかと凝視している。 「……五村の意志と対峙し……する。よって件の如し」 「ちょ、ちょっと、一番大事なとこが聞こえなかったんですけど!?」  箱を揺すっても眠りに就いた件はもう瞼を開けず、残された私たち三人に沈黙が流れる。 「式神なのに予言ってするんですか……?」 「五村の意志と対峙だと……?」 「いやはや……。面白いことになってきたぞー」  ある意味全ての元凶である澄彦さんはニヤリと笑って不敵に件を見下ろした。
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