第一章『産土神の隠れ社』

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「東さんっ……!」  幣殿の中の姿を捉えた澄彦さんは腰を浮かせて声を上げたけれど、やはり彼女は反応しない。 「写真のままではないか……」  感心する玉彦は振り返って凝視しているので、二人とも無事に視えるようになったようである。 「でもね、呼びかけても全く無反応なのよね」 「とりあえず中に入ろう。比和子ちゃんは東さんに触れてみて。もしかしたらそうすることで彼女はこちらを認識できるかもしれない」  私一人では拝殿前でうろちょろして声を掛けるだけで精一杯だったけど、今日は二人が一緒なので堂々と幣殿に足を踏み入れることが出来る。  しかも神大市比売(かむおおいちひめ)から許可も貰っているので怒られることも無い。  社の裏手へ三人で回り中へと入って幣殿へ向かう。  幣殿の供物の前でしゃがんで背を向けている東さんの肩にとんっと手を置く。  人間の身体の感触は、あった。  恐る恐るこちらを振り返った東さんは私たちを見て声を無くす。  私を見て、玉彦を見て、そして澄彦さんを見て初めて顔を歪めた。 「澄彦様……?」 「お待たせしました東さん。澄彦がお迎えに参りました。遅くなってすみません」 「いえっ……いいえ、いいえっ……! 必ず助けに来ていただけると……思っておりましたっ……」  両手で顔を覆って東さんは感情を露わにし、澄彦さんは彼女の前に片膝を付いて抱き寄せた。 「本当に申し訳ない。こんなところに一人きりで。よくぞ耐えてくれました」 「……必ず来てくれると信じておりました。澄彦様……澄彦様……!」  澄彦さんにしがみ付いて号泣する東さんを見て、私も泣いた。  隠れ社では時間の流れが穏やかだとはいえ、一人きりでわけも分からず長い時を過ごすのは想像を絶する。  脱出しようとして出来なくて諦めて絶望したであろう東さんの日々を思えば泣かないはずはない。  と、思って隣を見れば玉彦は微笑んではいたものの泣いてはいなかった。  泣きじゃくる東さんの背を摩り続けていた澄彦さんの目には涙が浮かんでいるというのに。  ……人の感情の表し方はそれぞれだ。
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