第二章『いつかこういうことが起こると思ってた』

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 そうして黒駒とのんびり過ごしていれば、毎回時折石段の前を通り過ぎる村民が足を止めて、石段前で手を合わせる。  私が初めてお祖父ちゃんに連れられて拝んだ時のように。  その度に私も頭を下げて、世間話をする。  この日も例外ではなく、しばらくすると畑で仕事をしていた門前(もんぜん)さん夫婦が休憩がてら石段前にやって来た。  門前さん夫婦は昔から正武家の目の前にある畑で生計を立てており、名字を読んで分かる様に正武家の門の前の家だから門前さんというそうだ。というのを世間話で教えてもらった。 「比和子様ー。今日も日が良くてー」  ふっくらした還暦手前の奥さんが肩に掛けているタオルで額の汗を拭い、ニコニコと笑う。  奥さんは話し方が亜由美ちゃんとよく似ていてすごく親近感がある。 「お疲れ様なことでー」  そして旦那さんは奥さんに負けないほど大柄で、私のお祖父ちゃんのように無駄に声が大きい。  二人とも一応正武家屋敷のお隣さんというポジションなので村民の中ではよく顔を合わせる機会があった。 「いえいえー。いつもお仕事お疲れ様です」 「とんでもねぇ。こうして仕事が出来るのも正武家様のお陰でさぁ」  旦那さんは奥さんを見て笑い合う。  正武家のお陰と言っても彼らは特に何もしてくれない。  ただ五村に根を降ろし、村民の生活を見守っているだけである。  畑に雨を降らせたり、太陽を長く照らしておけるような力は無い。  曖昧に笑って、今日の畑仕事について拝聴していると、お祖父ちゃんの家の方向から白いタクシーがこちらへ走ってくるのが夫婦の後ろに見えた。  村外からの来客の場合は大体お祖父ちゃんの家の前を通って来ることが殆どだ。  今日はお役目が忙しいそうだから、来客の数もまた多い。  向かって来たタクシーは私たちの前で曲がり裏門へと続く山道へ行くのかと思いきや、石段前で停まってお客さんを降ろす。  あぁ、これは不味い。  ここで降りて石段を上がったところで表門からは入られないのだ。  裏門へは歩いても行けるけれど、車で行った方が安全だし疲れないし早い。  運転手さんもそれは知っているはずなのにな、と思いつつ私は膝の上の黒駒を降ろしてタクシーへ。  門前さん夫婦も同じことを考えていたようで、タクシーを見て首を傾げていた。
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