第二章『いつかこういうことが起こると思ってた』

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 いつかね。いつかこういうことが起こると思ってた。  私はずっと、思ってた。  神守の眼が云々じゃなくて、誰にでも予想できた。  タクシーから降りてきたのは若い女性で、田舎の景色に浮いて見えるほどオシャレなベージュの薄手のトレンチコートにグレーのパンツスーツ。  今日は秋とはいえ暑い方だから薄いトレンチコートでも厳しいなぁと内心思う。  でも彼女のコーディネートを見れば機能の問題ではなく、見た目重視のようなのでオシャレには気合と根性と我慢が必要と言っていた小町の言葉を思い出す。  栗色の髪はきっちりとシニヨンに纏められて、いかにも颯爽と活躍して働く女性だ。  小顔のキツメの表情をしたその人は、運転手さんがトランクから自分の荷物を取り出すのを見届けもせずに大きい歩幅でずんずんと私に迫り、大きく右手を振り上げた。 「この、泥棒猫!」 「へっ?」  見事な右手のスウィングがスローモーションで私に襲い掛かり、驚きのあまり動けないでいたら、私のお目付け役の黒駒が彼女に体当たりをかまして土埃を上げて倒れた襲撃者に唸り声を上げる。  私はどくどくと鳴る心臓を着物の上から押さえて、呆然とした。  ど、泥棒猫って……。  今どきそんな言葉を本当に使うのか……。  ……いやいやいやいや。そうじゃない。そこじゃないわよ、私!  泥棒猫って言葉を女性に使う場合、それは自分の彼氏とか夫が浮気して、その相手の女性に彼女や奥さんが使う。  どう考えたって玉彦の奥さんは私だし、泥棒猫という言葉を使う権利は私にある。  そもそも玉彦が、あの玉彦が浮気なんて絶対にするはずがない。四六時中一緒に居て浮気が出来るのなら、その方法を教えて欲しい。  それに私だって誰かと浮気してる訳じゃない。  ようやく子供も授かってより絆が深まった今、そんなこと考えるはずもない。  あぁでも男の人は奥さんが妊娠してる間に浮気に走るって言うし、いや、でも玉彦に限って絶対にそんなことは無いと言い切れる。  そんなことを目まぐるしく脳内で考え、横倒しになり背中を上に乗った黒駒に押さえつけられて号泣する彼女を見ていたら、タクシーの運転手さんが無線で会社に連絡をして、そこから正武家に一報が入り、そして黒駒の気配に異常があったと感じた多門と須藤くんが離れの事務所から知らされる前に石段を駆け降りてきた。  襲撃からまだ五分も経っていない。運転手さんの通報からはこんなに早く駆け付けられない。
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