第二章『いつかこういうことが起こると思ってた』

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 多門の語彙の少なさよ……と思いながら石段に足を掛けて振り返ると、私の視線に何かを感じた多門はこういう時は直接的な言葉の方が効果があるんだよ、と悪びれる様子もない。  号泣している相手へ端的に伝わる言葉選びをする必要があったのか。  ともかく私は須藤くんと彼女と門前さん夫婦、運転手さんを石段に残してお屋敷に避難した。  これ以上須藤くんの痴話喧嘩というか痴情の縺れに付き合う必要はない。  というか須藤くんも私や多門に見られたくはないだろう。  お屋敷に戻ると玄関では玉彦が草履を引っ掛けて今まさに出てこようとしている場面に鉢合わせをした。  お役目を一時中断して来てくれた様である。 「何事か」 「あー、うん。ちょっと須藤くんのお客さんが来て誤解が誤解を呼んで、みたいな? 心配することないよ」 「比和子ちゃんに対して無礼すぎるヤツだったけどね」  多門の余計な一言に玉彦は眉を顰めて表門を見る。 「忠告をしに行くべきか」 「いいよ、いいよ、行かなくても。もう会うことも無いだろうから」  須藤くんの別れた彼女に私が対面することはもう無いだろう。必要が無いし、謝罪とかもいらないし。  不服気な玉彦と多門の背中を押して中へと入り、須藤くんはどうしてお別れしたのかと考えれば、恐らく五年後に備えての下準備だったのかもしれないと私は思い至った。  今から、人間関係を絶っておこうとしたのかもしれない。  だってもし結婚を考える相手が出来たら、その人に子どもの事を話さなければならない。  場合に寄ってそれでも良いよ、と言ってくれる女性も居るかもだけど何せ説明するには正武家とは何ぞやから始まり、稀人とは、とか五村の意志がーとか一から話さなくてはならない。  しかもこの世には不可思議なことがある、ということを前提に。  そうするとそういうものを信じない女性だと一筋縄で納得してくれないだろう。  色々と恋愛について拗らせている須藤くんの彼女が別れ話の後に、いつかお屋敷に乗り込んでくるだろうな、とは思っていたけれど、今回の原因の一端は私と玉彦にある。  そう思えば玉彦が乗り込んできた彼女に忠告をすることは凄くおかしい。  むしろごめんなさいね、って謝る立場なのだ。  玉彦と多門の背中を押しやりながら、須藤くんにはただただ頭が下がる思いだった。
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