第二章『いつかこういうことが起こると思ってた』

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 昼餉の席で事の次第をお膳を運んできた須藤くんを捕まえて聞いた澄彦さんは例の如く爆笑をして、私に危害が無かったことは何よりと震える声で言った。  あれから部屋に戻った玉彦には私の予想を伝えていたので、同情的な視線を須藤くんに注ぎ、何も言えずにいる。  私は驚きはしたけれど痛い思いはしていないし、どこに原因があるのか一目瞭然だったので責めるつもりは毛頭ない。  それよりもあの後彼女がどうなったのか気になるところ。 「それで彼女は今?」  箸を進める澄彦さんに聞かれた須藤くんは観念したように項垂れて溜息を零す。 「帰そうとしたのですが……大人しく引き下がってはくれなくて……。今、なぜか門前さんのお宅に居ます。仕事が終わり次第話を付けてきます」 「上手く話しは付けられそうなのかい? なんだったらほら。次代が金で話を付けてくれるぞ?」  無責任な澄彦さんに水を向けられた玉彦はお椀を手に神妙に本気で頷く。 「それは……大丈夫です。もしそうなっても自分で何とかしますので」 「遠慮なんてすることはないんだよ? さっさと話を付けて帰さないと、ほら。川下っちの耳に入って面倒なことになるから」  澄彦さんの何気ない一言に須藤くんは固まり、私は首を捻る。  玲子さんにバレたら、面倒なことになるのだろうか。  さすがに息子の別れ話に首を突っ込んでくる様な人ではない。  私の印象ではむしろそっと陰から見守ってくれるイメージだ。  しかし澄彦さんと須藤くんはそうは思っていないようで、視線を意味あり気に交差させて会話をしていた。 「兎も角。話が長引けば今夜の宿も必要になるであろう。終電は七時位であったか。午後の役目は免除する故、説得に当たるが良い。もし必要ならば俺も出向く」 「ということは遅くても四時には村を出なきゃよね。ちなみに、あの。こういうことは聞きづらいんだけど、やっぱりそういうことになったのは私たちのせい、なのよね?」  恐る恐る須藤くんを窺うと、苦笑いをして首を横に振った。 「彼女とは今年の春先に別れたんです。それからずっと連絡は来ていたのですが……まさかここまで来るとは……」  春先、ということはまだ双子であることも判らず、私も妊娠していなかった。  ということは別れた原因は須藤くんのマイルールに因るものなのね……。  恋愛観を拗らせている須藤くんのマイルール。好きだからこそ、一番好きのピークが高まった時に別れを切り出してしまうという何とも不可思議で残念な現象。  けれど、である。  これまで須藤くんはそういうパターンで出会いと別れを繰り返して来て、でも不思議と問題が起こることは無かった。  少なくとも他の人間の目に触れるような問題にはならなかった。  どうして今回の彼女はこんなことになってしまったのか、それは別れた原因が他にあったのだと後から私は知った。  とにもかくにも須藤くんはこのあと、玉彦が言った通りお役目を免除されて彼女の説得に向かったのだけれど撃沈し、このまま彼女が門前さんのお宅に御厄介になるわけにもいかず、結局は実家に連れて帰る羽目になり玲子さんの知るところとなってしまったのだった。
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