第二章『いつかこういうことが起こると思ってた』

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 本日のお役目が終了して夕餉も終わり、お風呂へと入った玉彦と私は少しだけ肌寒い縁側にて二人で毛布に包まりお月様を見上げていた。  中秋の名月は過ぎて欠けていく月を眺めながら、玉彦は日本酒ではなく私と同じ白湯をちびちびと飲む。  鈴白神社の夏祭り以降、玉彦は一切お酒を口にしていない。  一生分の酒を呑んだ、とのことでしばらくは料理酒ですら見たくないと零す玉彦とは対照的に、澄彦さんは喉元過ぎれば熱さを忘れるを体現して、夏祭りの三日後には晩酌を再開させている。  玉彦はそれを見て鳥頭め、と呆れていた。 「須藤くん。どうなったかなぁ」 「母親の介入で話は拗れていると豹馬から報告を受けている」 「玲子さん?」 「うむ」 「彼女の肩を持ってるの?」 「それが……どうやら違うようなのだ」 「じゃあ須藤くんの? 息子だから気持ちはわかるけど……」  口籠る玉彦は私にどう説明したら良いのか眉を顰め、私はそんな玉彦を待ちつつ思う。  たぶん、別れ話を切り出したのは話の流れからして須藤くんである。  それに納得が出来なくて彼女はこんな田舎まで乗り込んできた。  別れたい理由は須藤くんにあり、原因は……。  拗らせている須藤くんの恋愛観を玲子さんが批難することはあっても、彼女を責めることはしないと思う。 「もしかして今回は須藤くんのマイルール以外の理由で別れた、のかな?」  それこそ普通の彼氏彼女が別れの理由にする、好きな人が出来たとかもう相手の事を好きじゃなくなったとか。  私が玉彦にそう言うと、私に感心したようにして頷いた。 「そうなのだ。さすが比和子である」 「いや、そんなことでさすがとか言われても。でもそういうので須藤くんが別れたく思うって相当よね。だって須藤くんって基本的に余程じゃないと女の人っていうか、人間を嫌いにならないでしょう?」  思い返せば須藤くんは倒れた彼女を助け起こしたけれど、泣いている背中を摩ることさえしなかった。 「余程の事を女はやらかしたのだろう。どの道、須藤である。別れは目に見えていた」 「そんなのわかんないじゃん。今回の彼女はともかく、別れないで済む彼女がいつか現れるかもしれないでしょ。目に見えるとか、すんごく失礼」 「……俺は須藤にその様な女性が現れるとは思えぬが。なにせ須藤は……」 「須藤くんは?」 「……」  私の顔をじっと見つめた玉彦は、視線を外してゆっくりと欠けゆく月を見上げる。 「……俺のことが大好き。ゆえ」 「……」 「……」 「……冗談、よね?」 「……うむ」  何を言い出すのかと思ったら。  そう云う冗談はもう少し時と場合を選んで言って欲しいものである。
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