第二章『いつかこういうことが起こると思ってた』

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「そろそろ寝よっか。明日もお役目、結構あったよね?」 「そうだな。身体を冷やしてはならぬゆえ」  立ち上がった玉彦が二人の座布団を手に持ち、私は毛布に包まったままよっこらせと腰を上げる。  夜空の月はまだぼんやりと輝き、薄く掛かった雲が透けて見える。  やっぱりお屋敷から眺める月は近く見えるなぁと感じつつ視線を降ろして黒塀の瓦に目をやれば、である。 「うっ……わっ……。ちょっと玉彦、ねぇ玉彦。玉彦? 玉彦さん!?」 「なんだ。騒々しい」  お布団を敷いてくれていた玉彦が私を毛布ごと抱き上げて、そして私が頑として顔を向ける方へと視線を流し、抱き上げていた腕の力が僅かに抜ける。 「なんだ……あれは」  さすがの玉彦も絶句して、私と一緒に黒塀の上を凝視する。  田舎の夜は月明かりのみが頼りで、今夜は満月でもなく明りに乏しい。  そんな暗闇に浮かんでいるのは、黒塀から母屋を覗く女性の頬から上の頭部、だった。  普通の人間サイズだったなら私も玉彦もこうも驚かない。  いやまぁそもそも覗き見されていたら普通に驚く。犯罪だ。しかも正武家屋敷を覗こうなどとする人間がいることにも驚くだろう。  玉彦さえ絶句したのには理由があって、見えている女性の顔は畳一枚分はある。ということは下も合わせれば二枚分はあるだろう。  こんなにも巨大な頭部を持った人間がこの世にいるはずはない。  頭が畳二枚分なら身体はもっと大きいはずで、六頭身だったとしても世界最大である。  女性のぎょろりとした目は私たちに向けられ、瞬きさえしないものだから作り物にさえ見えた。  でも私はあの顔を知っている。 「須藤くんの彼女だわ……」  洗い髪なのかきっちり纏められていたシニヨンは崩されて濡れている。  私を睨んでいた目は胡乱(うろん)で、顔はこちらに向けているものの焦点が合っていない。 「まったく……」  玉彦は私を降ろすと縁側へと歩く。  すると彼女はスッと顔を塀の向こうに下げてしまった。  玉彦は裸足のまま庭へと降り、軽く跳躍して塀の瓦に手を掛け乗り越える。 「あっ……!」  寝間着のままの玉彦の姿が向こう側に消えて、私は縁側の下に置いてある草履を引っ掛けて表門へと走った。  私の身体能力が高ければ塀を越えて追い駆けられるけれど、普通はね、塀なんて乗り越えられないわけよ。  表門から顔だけ出して玉彦が消えた方向を見ていると、サクサクと足音がして手ぶらの玉彦が戻って来る。
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