第三章『猿助の恐怖体験』

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 須藤くんの騒動が収まった翌日。  私はいつものように黒駒を連れて石段の掃き掃除をしていた。  掃き掃除が終わり、黒駒のトリミングを完了させて石段を登って表門へ到着すると、門の前に見慣れない鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。  黒駒が私の前に進み出て、でも唸り声は上げない。  一応敵ではないと認識はしているけれど、警戒はする。そんな感じだ。  そんな黒駒の背を撫でて緋色の着物を纏った人物に近付くと、困ったようにその場に腰を下ろした。 「随分と久しぶりじゃないの。猿助」  私を見上げる赤ら顔の大柄な猿は猿助。  五村の山々に住まう猩猩(しょうじょう)の大将である。  大将と言っても色々とタイプがあって、例えば蛇を統括する白蛇(はくだ)はカリスマ性があり、狐の美藤(びとう)は実力主義で、猿助は主に人望、いや猿望があって支えられているタイプだ。  どこか間抜けでどんぶり勘定の親分肌で、憎めない。  ちなみに猩猩の間では偉い猩猩ほど着物を着こむ習性があり、猿助はこれでもかというくらい重ね着をしていた。  春にはそんな猿助に色々とお世話になり、今でも親交はある。  私はその時の家出騒動で条件付きの外出禁止を喰らっていたので中々出歩けないでいた。  あと二か月の我慢なのである。  外出禁止が解ければ一人でも出歩けるし、玉彦セレクトのベビー用品ではなく、私もお買い物に行けるのだ。  藍染村の小町の家の近くに正武家が建てた山小屋があり、猩猩たちはそこで電化製品の充電をしているので、たまに小町の家に遊びに行った時には顔を出して話をしたりはしていた。 「おう。久しぶり!」  猿助は自分の前の地面を叩き座れと言うので、大人しく座ってみる。  五村のあやかしがわざわざ祓われるかもしれない正武家屋敷まで出向いてきたのだ。  何か用事があったのだろう。  私が懐妊したお祝いでもしてくれるのかと思ったら、猿助は懐からいつもの酒瓶を出して朝から煽る。  夏祭りの時に猩猩たちを招集すれば、村民は苦しまなくて済んだかもしれないとか考えていると、猿助はがっくりと項垂れて酒瓶を地にドンッと置く。 「困ったことになった!」 「あ、うん」 「どうにかしてくれ!」 「何をよ。朝っぱらから酔っぱらってんの?」 「これは水だ!」 「いや、お酒でしょうよ。お酒の匂いするもん」 「酒という名の水だ!」 「はいはい。それで? 何があったの? 私が何とか出来ることなの?」 「してくれ!」 「安請け合いは出来ないけど。まずは何があったのか話なさいよ」  私に水を向けられた猿助は再び酒瓶を煽って語り出した。
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