第一章『産土神の隠れ社』

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 神社を正面に右手に絵馬掛けがあるけど、そこに絵馬は無い。  そしてお神籤を結ぶ紐も吊るされているけれど、やはりお御籤は無い。  だって社務所が無いから絵馬は受け取れないし、お賽銭箱の近くにお御籤箱がないから。  何の為に設けられているのか疑問である。  玉彦がそちらの方に箒を進めたので私も移動してしげしげと見て、やっぱり何も無いことを確認してから目を下に落とすと、綺麗に敷かれている白い玉砂利に不可思議な足跡を発見した。  人間の大きさの窪んだ足跡ではない。 「んんん~?」  見やすいようにしゃがんで足跡を見れば、ちょうど人差し指と親指で作る輪程の丸い足跡で、視線で足跡を辿ればそこそこな歩幅で歩いているのが分かる。  隠れ社に存在するのは神様か正武家の人間で、動物がいるとは聞いていない。  もしかしたら他の村の産土神に動物の姿をした神様が居るのかな。  私が良く知る御倉神はお屋敷の中では普通に歩いているけれど、以前、高校生の時に朝餉で小百合さんと一悶着があって外に出た御倉神は浮かんで滑るようにして移動していた。  人間の姿をした神様は浮かべるけれど動物の姿の神様は浮かべないのか、気紛れに歩いて足跡を残したのか。 「どうした。具合でも悪いのか?」 「ううん。足跡があるのよ。神様の足跡かな」  私がしゃがんだまま指差すと、玉彦も箒を手に片膝をついた。  指先で丸い足跡をたどり、そのまま考え込み、そして、あぁそうか、と言って一人で納得している。 「やっぱり神様?」 「いや、これは……。清掃が終われば面白いものを見せてやろう。そう言えば約束をしていたな」 「え? 約束?」  さっさと立ち上がった玉彦は私を放って掃き掃除に戻り、私はそのまま足跡を眺める。  玉彦は良くも悪くも約束を守る男なので、どういう約束を誰としたのか解らないけれど私に何か見せてくれるようである。  そうして拝殿と幣殿の掃除を終えた澄彦さんが私と同じようにしゃがみ込んで足跡を見ていると、ようやく掃き掃除を終えた玉彦が合流した。
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