第一章『産土神の隠れ社』

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「ついて来い」  と、玉彦が言うので、澄彦さんと私は神社の脇を抜けて本殿の隣にひっそりと佇む小さな蔵へと足を踏み入れた。  正武家屋敷の母屋にある二階建ての石蔵とは違い、中の広さは六畳にも満たないほどの本当に小さな蔵である。  明りが無くても扉を開けていれば中を見るには十分で、玉彦は蔵の奥にあった木箱を手に振り返った。  大きさは五キロのお米の袋くらい。  簡素な木箱は蝶番で蓋が繋がったものではなく、玉手箱のように蓋は持ち上げられる。  蔵の外に出た玉彦に続いて出れば、木箱は玉砂利の上に置かれて、玉彦は私を見る。 「見たいと言っていたであろう」 「へっ?」  蓋の上に両手を添えた玉彦はゆっくりと持ち上げる。 「よもや比和子が隠れ社に入れるとは思っていなかった(ゆえ)、あのような約束をしてしまったが、約束は約束である」 「何か約束してたっけ?」 「……素知らぬ振りをしておけば良かったか。いやしかし、後から知れば必ず俺を(なじ)る……」  ぶつぶつ独り言を恨めしそうに言って玉彦が蓋を開けると、中には紫色の風呂敷に包まれた何かがあり、私に(めく)ってみろと言う。  自分や澄彦さんは触れることは出来ない、と。 「えええっ……。何よ、何なのよ。とんでもないものだったら恨むわよ」 「自分で見たいと言っていただろう」 「あんたって昔っから言葉足らずが過ぎるのよね」  丁寧に風呂敷を指先でつまみ、はらりと捲る。  けれどまだ包まれていたのでもう一枚を捲って、私は息を飲んだ。  中に在ったのは、(くだん)だった。  もう何十年も経っているはずなのに、瑞々しい仔牛の四肢を折り畳んだ遺骸。  ただし頭は異様に大きく、須藤くんのお父さんの爽太さんが言っていたように頭部の大部分は単眼を覆う瞼。 「……確かに見たいって私、言ったけど……」  それなりの前置きって必要だと思うわけよ。  しかも妊婦にこんな刺激の強いものを見せるなら、なおさら必要だと思うわけよ。  そんなことを心の中で突っ込みつつ、私はちゃっかりと件を観察する。  そっと触れれば毛並みは若干硬く、こんなものかと思う。  なにせ牛に触れたことがないので、これが普通なのかもわからない。  ちょっと強引だけど、瞼を開けて単眼の瞳を見たらもう風呂敷を元に戻そう。  澄彦さんも玉彦も止めないし、もう死んでいるから弄繰り回しても大丈夫なんだろう。  と、思った私が甘かった。  伸ばした指先が触れる前に、件の瞼がゆっくりと開かれ、私は心臓が飛び跳ねた。
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