あいを、しる

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 ぼくが落ち着いたのはそれからしばらくたってからだった。  目は腫れ上がりヒリヒリと痛んだけれど、それさえも幸せだと思えた。  彼女はずっとそばにいて、ぼくの話すことを頷きながら聞いてくれていた。  それからぼくたちは時々本屋で逢っては一緒に本を眺め、これが好きだとか新刊が出ていたとか他愛もない話をした。  ぼくの声はちゃんと彼女に届いていた。  そのうちなんとなく離れがたくなり夜を一緒に過ごすようになった。  あの出会いは神様がぼくにくれた宝物だったと思う。 「ありがとう」  その言葉は間違いなく人生を変え、ぼくに幸せを運んできてくれた。 「あのとき、あなたが言ったありがとうって言葉がね、心の奥まで染みてきたの。あんな綺麗な響きを持つ言葉を初めて聴いたわ。そしたらわたしまでじんとしちゃって。隣で少しだけ泣いたの」  後日、彼女はそう言ってまた瞳を潤わせた。  そこに映るのは可哀そうなぼくではなく、彼女を愛する一人の男の姿だった。  ぼくの初めての「ありがとう」はしっかりと身を結び、幸せな未来を作っていく力になった。  もうすぐぼくたちは父と母になる。  新しい命を授かったのだ。  もちろんその子に伝える最初の言葉は決まっている。 「生まれてきてくれてありがとう」  まるでシャワーのように「ありがとう」を浴びせてあげよう。  心から感謝を込めて。 おわり  
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