あいを、しる

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『ありがとうって言葉は人生を変えてくれるよ』  たまたま手にした本に書いてあった。  読みながら、ほんとかな、とぼくは思う。  今まで誰かに「ありがとう」なんて思ったことがない。  当然誰かに言われたことも。  正直、何に感謝すればいいのか誰に言えばいいのかもわからなかった。  子供のころから両親は忙しく、他に身寄りもないぼくはずっと一人で生きてきた。  広いマンションの中でひたすら夜が明けて闇が落ちてくるのを見つめているだけの日々。  両親とも悪い人たちではなかったと思う。  虐待も受けていないし、空腹や汚さに泣くこともなかった。  ただ、ぼくに興味のない人たちだった。それだけだ。  両親と言うのはイコールお金だった。  テーブルの上の封筒の中のお札。それが生きる術だった。  誰もいない生活の中に会話というものがない。  基本とされる挨拶だって誰に向かって言えばよかったのか。  自分に? それともカミサマって奴にか?   ぼくはただ静かな世界に存在するちっぽけな生き物なだけだった。多分生きていても死んでいても誰にも気づかれない程度の。    
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