自暴自棄の少年

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自暴自棄の少年

   人生の転機というものは何の前触れもなく、ある日突然訪れるものである。それは良い意味でも、悪い意味でも。 「冴凪くん、ごめんなさい。好きな人ができたから君とは別れたいの」  俺、冴凪朝陽に人生史上初めて出来た彼女である、彩ヶ嶺学園二年の生徒会長、姫川葵の口から残酷な響きをもった別れの言葉が告げられる。  それは名も姿も知らぬ姫川の新たな想い人に、恋愛という勝負において完全なる敗北を喫した瞬間であった。  老若男女問わず大人気のデートスポットとして名高い桜の丘公園展望台に、冬の冷たい風が吹き抜けてデートによる高揚感から温まっていた俺の心身を冷却していく。  大好きな彼女の左手と繋がっていたはずの俺の右手は今、空を掴んでいる。 「そういうことだから、さようなら」  姫川は未練など欠片も感じさせないように冷たくそう言い放ち去っていく。  それは、二度と俺が彼女の隣に立つ資格を得ることはないと、彼女自らの口から宣言されたようなものであった。  無慈悲な恋の断絶。  あまりにも事務的に済ませられた宣告に、俺は胸が張り裂けそうなほどに辛い、耐え難い痛苦の感情に苛まれる。  ずきんずきんと心臓が気持ちの悪い痛みに襲われ、喉に何か詰まってでもいるかのように声を出すことができない。   「……」  彼女と過ごしたほんの僅かな、それでも確かにかけがえのなかった日々が崩れ去っていく。  俺はあまりのショックに終ぞ何も言葉を発することが出来ず、情けなく口を開け、ただ遠ざかっていく元彼女の背中を虚ろな目で見つめることしかできなかった。    これが俺、冴凪朝陽と姫川葵の幕切れ。  最初で最後のデート、その別れ際の出来事。 *** 「なぁおい、見ろよあれ。日向ちゃんいるぞ!」 「うおおおお! クラス替え完全勝利じゃねーか!」 「日向ちゃんと修学旅行とか文化祭とか楽しめるって考えたら、最高だな!」 「これは楽しい一年になりそうだな! ……お前もそう思うよな? えーっと……さえ、なぎ?」  二年に進級して出来た名前の知らないクラスメイトが、机のネームプレートに視線を落としながら、ぼーっと窓の外に目線だけを向けていた俺に話しかけてくる。 「どうでもいい」  そもそも日向って誰だよという話はさておくとしても、今はそんなこと本当にどうでもよかった。   「え……なんかこいつ感じ悪くね」 「もうやめとこうぜ。それより日向ちゃんに挨拶しに行かね?」 「ははっ、そんなの行くに決まってんだろ!」  無駄な期待を抱いているであろう仲良さげな二人のクラスメイトは、意気揚々に日向という名の女らしき人物のもとへと駆けていく。 「……くだらな」  俺は吐き捨てるようにそう呟いた。  あの日以来、俺はずっと自暴自棄に陥っている。  中学に入った頃からずっと好きで憧れていた、彩ヶ峰学園現生徒会長の姫川葵。  学力学年一位、スポーツテスト女子総合一位。容姿端麗、清廉潔白に相応しい顔立ちと清楚な黒髪ロングヘアーは、彼女が中学を卒業してからの空白の一年でさらに磨きがかかっていた。  優しいのは勿論だが、勉学やスポーツ、生徒会業務に取り組む時の真剣な表情が中学の頃から本当に好きだった。  そんな彼女のために、俺は苦手だった勉強を頑張りだして彼女と同じ偏差値県内一位の学園に進学し、彼女に相応しい存在になるために意を決して生徒会室の扉を叩いて、生徒会活動の手伝いを頑張った。  学業成績も常に学年十位以内をキープし続け、さらにスポーツテストでは日々の積み重ねで種目握力で学年一位をとった。  それらの努力が実って、やっとの思いで付き合えたのが一年の冬、クリスマスイブでの出来事。  それから二ヶ月も経たない、バレンタインの日。おしゃれに最大限に気を遣い、最高のデートコースを用意し臨んだあの日。  俺は人生初のチョコレートを貰うことのないまま彼女に別れを告げられた。  それ以降、俺の生活は荒れに荒れた。  まず、それまでやっていた生徒会の手伝いをやめた。  冴凪は姫川会長に好かれるためだけに生徒会の手伝いをしていたゲスいやつだと学園内に吹聴して回ったやつがいたようだが、そもそも俺のことを知らないやつがほとんどなので、皆さしたる興味を示さなかった。  それ以前に、事実なので否定する気も起こらなかったわけだが。  そして、授業はサボりがちになり、学園に行かない日も多くなった。  成績は大きく下がり、先生や両親からも失望され、憧れだった姉さんにも見放された。 『あんたみたいなやつの姉だって思われたくないんだけど。失恋したぐらいでひきこもるとかダサすぎ。見損なったわ』  傷心しきった俺に対して放たれた、あの時の姉さんの冷酷な言葉は今でも忘れない。  見損なったのは俺の方だとでも言い返せたらよかったのだが、あの日からずっと尊敬していた姉さんにそんなことはどうしても言えず、黙ることしかできなかった。  そうして俺は、誰に頼ることも出来ずに未練たらたらのまま、二年生の始業式を迎えてしまったのだ。
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