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花開く
県の障害者文化祭で、奨励賞を貰った私の絵は県立美術館で展示されることになった。
デイケアのメンバーと茂木さんで、県立美術館に来ている。奨励賞として飾られた絵を鑑賞に来ている。槙村君は、走り回って学芸員さんに怒られても、五分後にはまた走り出している。
大賞や準大賞は、風景画の油絵で、障害者文化祭という先入観を捨てれば、普通の絵画展覧会にひけをとらない力作だった。
私の絵の前で、槙村君は絵に描かれた自分の顔と、本物の自分の顔を並べておどけている。
そして、次の瞬間…。
何を思ったのか、槙村君は、描かれた顔の横の余白に、一枚の紙を貼った。それはA5の手帳サイズの紙で、後ろがシールになっていた。
その紙には、私と思われる女性が描いてあった。余りに絵が下手過ぎて、絵筆を持っていて、下に見目さんと文字があったから、やっとみんなが理解出来るかなというレベルで似ていない。へのへのもへじ並みの落書き。
「槙村君!」
茂木さんが顔を真っ青にして怒っている。私は茂木さんを手で制して、
「絵を描いてるときの、私の顔を描いてくれたんですよ。それに…ピカソのゲルニカの血の涙みたいで気に入りました。ピカソは血の涙を引き算して消した。槙村君は足し算して私の貼り絵の上に作者の顔を足してくれたんです」
「ピカソのゲルニカ?血の涙?」
美術に疎い茂木さんは困惑している。
「ゲルニカという作品の製作過程で、血の涙の赤い紙をピカソは付け足して最後はそれを取り払って消したんです。展覧会の最後に槙村君がこの絵を完成させてくれたと私は思いますよ」
私は、足された似てない似顔絵を満足してながめた。槙村君がピースサインをするので、ピースサインで返した。
絵を描くってこんなに楽しいんだ。素直過ぎる槙村君が教えてくれたこと。それは、心を閉じて描く絵より、心を開いて描いた絵の方が鮮やかな輝きを放つということ。
誰にも理解されなくていいという強がりも、障害者という鉤括弧で括られたくないというこだわりも、嘘がつけない槙村君の率直な言葉で消えていった。
私はみんなにこの絵を見て欲しかったんだ。
彼の笑顔は、どんな花より美しかった。まるで、太陽に微笑む向日葵のような笑顔。彼の笑顔が花開いた瞬間を描くと、花束は彼の笑顔の引き立て役のように色を無くした。静と動の対比、そして、その一瞬を描こうとする私の姿。
私の作品、「花束を見つめる人」は、槙村君のサプライズによって、完成した。彼はとても絵が下手だ。でも、彼が描いた私の表情は、花が開く瞬間のようにイキイキしていた。
へのへのもへじなのに、ちゃんとそれがわかるところが、彼の才能だと思う。
芸術は留まらない。常に、うごめいて、うねり、未来への流れを作っていく。人の心に花を咲かせ、見知らぬ誰かを繋げていく、花冠の輪のように広がっていく。
(終)
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