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「え?」
「……なんでもない。じゃあ、コロッケは食べられないね」
「そうだな。でも、もったいないから、揚げないままで食べるよ。まだじゃがいもが大きいから、煮物にするのはどうかな?」
爽やかに笑い、顔を覗きこまれ、亜未は持っていたマッシャーで頭を殴ってしまいたい衝動に駆られた。
カタカタとボウルにあたる音で腕が怒りで震えていることに気づく。
「うん。じゃあ、鶏肉や人参も加えて、筑前煮にするね」
「……料理ができるとは知らなかったな」
ネクタイをゆるめると、然はどさっとソファに身を投げた。
「……料理は普通だよ。それより、仕事の方が好きかな」
「ショップ店員はつまらないって言ってなかったか?」
驚いたように然は言う。
亜未はボウルの中身を片手鍋に移し、包丁を取り出した。
「……そんなこと言ったかな」
笑顔を浮かべ、然を見やる。
「……紫、その包丁、ど、うした?」
亜未は笑って、何が? と、返事をした。
「何って、その、包丁は……」
「この包丁が何?」
偽りの笑顔も作ることもできない、余裕を無くした然を見るのは楽しい。亜未は包丁を持ったまま一歩、然に近付いた。
「この包丁はね……」
ごくりと然の喉が鳴る。
「……前に来たとき、ちょうどいいのがなかったから、買ったの」
と、キッチンの床の袋から包丁が入っていたプラスチックケースを取り出した。
「あ、買った、のか……」
「変な然くん。まるで幽霊でも見たような顔だったよ? この包丁に何かあるの? もしかして、このキッチンに包丁が無いのが理由だったりする?」
明るく、甘えたように言うと、然は、目を見張った。
「い、や、……違う」
亜未は、変な然くん、と笑い、深追いはしなかった。
簡単に袋小路に逃げ込まれ、音を上げられては困る。ゆっくりと、しかし確実に毒を毒と悟られないようなスピードで然の体に染み込ませたい。毒であると気づかれると、亜未の身体のような目に遭うかもしれない。
この身体があれば、これからどんなことでも目論むことが出来る。
片手鍋に一口サイズに切った鶏肉、人参とレンコンを入れ、醤油と酒、みりんを入れる。味を確認し、然がスマホを見ている隙に、小麦粉をひと匙その中に混ぜ込んだ。
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