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ファミリー用のマンションに単身で移って来た彼女は、細い腕に大きな段ボールを抱え、部屋と軽トラックを往復していた。亜未と然が出かけようと家を出たところ、玄関扉に荷物を持った紫が挟まれそうになっていた。
気づいた然が咄嗟に手を伸ばし、よろめきそうになっていた彼女を支えた。
「大丈夫ですか?」
と、声を掛けると、ほっと息を吐き紫は然を見上げた。
「あ、りがとう、ございます」
紫を初めて見たとき、亜未は嫌な気持ちになった。
中学時代、自分を虐めていたクラスメイトに似ていたからだ。登校できなくなるまで彼女に追い詰められた辛い経験は、似ている人をふいに見かけるだけで簡単に蘇る。
もう十五年も前の事であるが、亜未にとっては忘れられない過去だった。
それと。
「僕たちは隣の久遠と言います。……引っ越して来たんですか?」
「初めまして。今日、引っ越して来ました。更科と言います。よろしくお願いします」
荷物を持ったまま夫を見やった彼女。餌を欲しがるような媚びた猫眼で小首を傾げた。
それと、亜未が、嫌、と思った理由はもう一つあった。
黒髪が映える透明感を備えた白い肌。
高さはないが筋が長い鼻。
ふっくらとした唇。
その下の黒子。まるく張った胸は形が良い。童顔だけれど艶っぽい印象を与える。
然が、すごく可愛い、と呟いた台詞は亜未の心に波風を呼んだ。
思わずこぼれた本心のようで、思わず嫉妬し、何も言えなかった。
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