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簡単に死なせはしない。
亜未は然の荒くなる呼吸音を聞き、そう思った。すぐに症状を観察し、死なないだろうと思われるところで、注射を打てばものの数十分で状態は回復したため、落胆した。もう少し苦しむところが見たかったのに。自分の対処は早すぎたと後悔した。
どうすれば、彼はわたしのことでいっぱいになるのだろうか。
紫に夢中である然の中に、亜未に対して罪の意識はないのかと、紫の姿で亜未の存在を探してしまう。
何か、深い傷跡のようなものを彼の中に残したい。
唯一無二の存在だと明確な印が欲しい。
それには、紫として何ができて、何ができないのか。
毎日淡々と仕事に通い、紫として生活しているだけでは、つまらない。
そう思いながら、マンションに入ろうとした際、鼻に脂汗が滲んだ中年女性が立っていた。
「あなた……」
亜未が口を開くと、千鶴の姿になった紫が先に口を開いた。
「……あんた、誰、なの?」
彼女は虚勢を張って、振り絞るように声を発していた。
「わたし? 然の妻よ」
毅然とした声で言うと、千鶴は身体を引き、青い顔を向ける。
「……身体はどこに行ったの?」
「……知りたい?」
亜未は薄く笑い、ポケットのスマホに手を伸ばす。
目的の画面は何度見ても酷い姿だ。
「わたしの身体はこれ」
千鶴に画面を見せると表情は無くなった。両手で口を覆い、嘘、と口の中で唱えた。
「え、う、嘘。し、んでるの……?」
「うん、殺されたの」
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