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周りに誰もいないことを確認し、亜未は話を続ける。
「然くんの浮気を疑って、包丁を持って問い詰めたら、逆にわたしが刺されちゃった。この言い方どう? 更科紫っぽいでしょう?」
明るく言うと、千鶴は唇を震わせ始めた。
茶色の乾燥した唇は淵が切れ、血が滲んでいる。紫であった姿なら、庇護欲をそそられ、守ってやりたい雰囲気に見えるのかもしれないが、どう美化しても、不細工な豚が震えているようにしか見えない。
マンション前では誰の目が向けられているか、油断できないため、亜未は近くの喫茶店に彼女を誘った。千鶴は最初の勢いは消え失せ、借りてきた猫のようにおとなしくついてきた。
洋風の喫茶店は三角屋根、嵌め込まれた格子窓。扉を開けるとチャイムのような電子音が店内に響いた。ふたりは窓際のソファにテーブル越しに向かい合って座った。
「……亜未、さん?」
千鶴が問う。
「そう。そっちは、更科紫ね」
「……うん、そう」
「……夫と浮気してた?」
亜未は千鶴の奥を見据えてはっきりと聞いた。
彼女が頷くと、亜未は、やっと認めたか、と嘆息し、運ばれてきたティーカップを口に運んだ。
湯気がふたりの間をくゆらせ、一瞬にして立ち消える。
「あたし、……あんたの妹なの」
千鶴の言葉に、亜未は目を見開く。
「……わたしの?」
「……うん、血の繋がった父は成宮憲一」
「……わたしの父は確かにその名前だけど、妹がいるとは聞いてない」
「認知は……されたみたいだけど、あたしはお母さんが死ぬまで父の存在を知らなかったから……」
亜未は、だから、と言葉を遮った。
「だから、腹いせに夫と浮気したの?」
「……違う、あたしはただ」
千鶴は吐き出すように一気に言った。
「父親は同じなのに……、幸せなあんたが羨ましかっただけで……」
「幸せ? わたしが? ……羨ましい?」
亜未は笑う。
夫に殺され、土に埋められ、浮気相手になった自分が羨ましいなんて。
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