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「……わたしになりたいの?」
続けると、千鶴は否定するように頭を振った。そして、耳につけているピアスを見せ、自分達が入れ替わってしまったのはピアスが原因ではないかというお伽話のようなことを語り始めた。
千鶴は息子のために赤い千代紙で千羽鶴を折った。祈るような願いは息子の病状回復だった。
意識が戻りますように。またふたりで暮らせますように。翔琉が動きますように。元どおりの普通の生活が送れますように。
切実なその願いは、叶わず、千羽鶴は役目を全うできなかった。
鶴達は、翔琉の死後、バラバラになり、千鶴の手によってピアスへと姿を換えた。
それを身につけた三人の女が同時に願いを唱え、偶然の一致で身体が入れ替わってしまったのではないか、と。
亜未は、その話を静かに聞いた。
紫の想像力はたくましいが、仮にそれが現状の原因だとしても、亜未には戻る身体がない。
「……あたしは、自分の身体に戻りたい。だから、協力して」
千鶴は毛穴が開いた茶色い顔を醜く歪めて、頭を下げた。
額をテーブルに付け、肩は震えている。
「嫌よ」
勢いよく顔をあげた千鶴は失意の表情。
「……なんで、わたしがあなたのために動かなきゃならないの? わたしはもう死んでるのよ? わたしに死ねって言ってるの?」
口を閉じた千鶴に、亜未はゆっくりと笑いかける。
「そもそも、……あなたはわたしにお願いできる立場じゃないのよ。あなたがマンションに越して来なければ、夫は浮気もせず、わたしは殺されることもなかった。違う?」
「あ……、その、え……」
「……わたしはこの身体を貰う。あなたは一生その姿で生きてくれる? 醜い見た目は中身とお似合いじゃない?」
亜未が笑うと、千鶴は顔を赤くした。拳を握り、興奮したように席から立ち上がる。
「……そんなのっ、酷いっ! あたしだって、あたしだって……」
「……何?」
「あたしだって、幸せになりたかっただけなのにっ……」
大粒の涙がぽろぽろとテーブルに落ち、崩れ落ちるように机に突っ伏した。亜未は千鶴の頭に手を乗せ、小さく呟く。
「……自業自得」
手を握ると縮れた剛毛が指の腹に触った。
強く掴み、むしり取ってやろうかと思うが声を堪えきれないよう漏らすのを聞いていると興が削げた。
口端を上げ、笑顔を作る。
美しく、最高の表情を浮かべ、亜未は静かに千鶴を見下ろした。
「心配しないで。あなたの替わりに、幸せな人生を送るから」
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