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レンタカー屋の返事を聞き、然は山道に向かって車を走らせた。
舗装された道が途切れたところで、車から降り、木に囲まれた闇の中をスマホのライトで照らす。何度か訪れたこの場所は用があるとき以外は、足を踏み入れたことはなかった。
スマホのライトがオレンジのキャリーケースを映し出す。
土の色が変わっている部分を手で掘ると、ショベルの取手を見つけた。
一心不乱に掘り進めると先に蛆虫の住処になりかけている亜未の体が出てきた。場所は移動していない、と安心してさらに掘り進めると、白骨化した死体も出てきた。
安堵したような息をつき、然は前の妻であった骨に唾を吐く。
自分の言うことを聞かないから、こんな目に合うのだ、と、狂った正当性を誰に向けてでもなく主張する。
骨になった彼女は亜未と出会う前、つまり今から十年前に婚姻関係にあった。彼女は嫉妬深く、然が出張や飲み会で家を空けることに良い顔はせず、すべての動向を知っておきたい性格であった。そのため、息苦しさを感じ、詮索をやめて欲しいと訴えた然に拒否反応を示した。
ヒステリックを起こし、今まで溜まっていた不満を同時にぶちまけた彼女は、然の逆鱗にふれ、首を締められ、殺されてしまった。
然は何くわぬ顔で捜索願を警察に出し、妻は失踪者として扱われた。生死不明の配偶者は数年経てば離婚できると言う法律に則り、然は手順を踏んだ。
次の妻は、離婚が成立した翌日、店を訪れた客から選ぶ。そんな誰でも該当しうる適当な理由で亜未は然に目を付けられた。
腕で額をぬぐう。袖が汗を吸い、色が濃くなった。
現状を確認し、土を再び被せる。
周りの落ち葉をかき集め、掘った場所に移動させていると、葉っぱ以外の柔らかい感触が靴越しに伝わった。
足元を照らすと赤い布のようなものが落ちていた。
見覚えのあるそれを拾いあげると、しっとりとした手触り。
土と砂を払い、よくよく目を凝らすとメガネ拭きのようだった。
決定的な違和感に、然は今度こそ目を逸らすことができない。
―――鳥目だから、夜になるとメガネがいるの。喉も乾燥するからマスクをつけて、メガネを掛けるとメガネが曇っちゃって。メガネ拭きはよくなくすのよね。
喋る訳ない、亜未の声が聞こえた気がした。
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