141人が本棚に入れています
本棚に追加
「同じ靴下を何組も買えば、探さなくてもいいよ」
「……名案、だな」
然が答える。
亜未は注いだコーヒーを口に運び、苦味を味わう。
深いコクと後口に残る渋い余韻。
「……残念だよ」
然は小さく呟いて、グルテンフリーの小さな菓子を口に入れた。
「何が残念なの?」
亜未が聞き返すと、然は両腕をまっすぐと亜未の首に伸ばした。両手で首を包み、力を込めると腕が震え始めた。
「く、るじい……」
息苦しさを訴えたのは然だった。
伸ばした腕はみるみるうちに赤く染まってゆき、全身から脂汗が吹き出る。
「……然くん。わたしをまた殺そうとしたの?」
もがき苦しむ然を冷ややかに見つめ、亜未は口に菓子入れた。
「……お、まえ……」
「然くん、わたしだけじゃなくて、……前にも人を殺していたでしょう?」
「あ、……なんで、それを……、おまえ、だ、れだ」
充血した目で命乞いするよう酸素を欲する然を見下ろし、亜未は続ける。
「完璧に隠せていると思ってたの? 前の奥さんもさっきわたしにしようとしたみたいに首を絞めて殺したの? ねぇ、聞こえてる?」
「ゔぁ、……」
亜未は自分の死体だけではなく、白骨化した骨も一緒に発見していた。
初犯ではなく、再犯で自分が殺された事に亜未は深い憤りを覚えた。自分だけを殺したのではない。しかも、その殺した相手が前の妻だったことも然は隠していた。
死の瀬戸際になり、命惜しさで、今の問い詰めに頷いただけかもしれない。
立ち上がり、鞄の中からアドレナリンが入った自己注射製剤を取り出す。コーヒーに混ぜた微量の小麦粉はよく溶けた。無味無臭の、誰にでも簡単に手に入るものが、毒になるとは、アレルギーとは恐ろしいものだ、と亜未はゆっくりと箱の中から注射を取り出した。
然の目の前で、左右に揺らし、勿体ぶった動きをする。
最初のコメントを投稿しよう!