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「……は、やぐ」
然が必死の形相で亜未の足に手を伸ばし、亜未は避けるように後退る。
「……ふたりも殺したのに、また、更科紫も狙ってたの? それとも、わたしを殺すために、更科紫と浮気したの? ねぇ? どっち?」
屈み、ペン型の注射を然の前で振る。
「ねぇ、どっち?」
「……ぐっ、い、や、ころ、すつもりは……」
亜未は言葉を待った。
「……なかった」
「……でも、殺したでしょう?」
伸びた手を踏みつけ、グリグリと螺子を押入れるよう足を動かす。
「……認めて?」
「……ぞ、うだ、ごろじた……」
「……最初からそう言えばいいのに」
太腿を目指し、注射を突き立てる。薬液を注入すると、数十分で然の症状は引いていった。亜未はうっとりした瞳で、その様子をかたときも目を離すことなく見つめた。
「……然くん、苦しかった?」
手を握ると、然はその手を振り払った。
亜未はもう一度、然の手を持った。振り払う気力が残っていないのか、手は脱力したように動かなかった。
「然くん、生きてる?」
「……」
「ねぇ、返事して」
爪が食い込むように手を握ると、ひぃ、と小さく然が悲鳴をあげた。
「……返事しないと聞こえてないのかと不安になるでしょ? そんな気持ち、分からない?」
冷徹に響く声は然の鼓膜を経由し、体に潜り込み、恐怖で満たす。
「……あ、」
力を失ったように怯える然に、ゆっくりと腕を回した。
「さっきは苦しかったわよね。わたしはもっと寒い感じだったのよ。刺されたお腹がね、心臓と同じリズムで冷えていくの。ねぇ、同じこと、体験する? ほら、セックスをする前に、よく手を繋いで、然くんが言ってたよね、……する? って、そうやって聞けばいいかな?」
然の唇が紫になり、ガチガチガチと歯を鳴らす。音を聴きながら、亜未は構わずに続ける。
「大丈夫、怖くないわよ。簡単には死ねないからね」
立ち上がりキッチンに向かう。紫の部屋は満足な調理器具などなかったが、亜未が買い揃えた。包丁を取り出し、刃先にこぼれ一つないことを確認する。
室内のライトに照らされ、反射した光が然を捕まえる。
「この包丁、綺麗よね」
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