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こっくりさん
『君には1人になってほしくない』
黄ばんだ紙に書かれた文を、そっと指でなぞる。これは彼から僕へのアドバイスかな。でも、僕にはうるさい相棒がいるから、1人にはなれないんだよね。
「にゃーん」
「ん、もう来たんだ」
体が半透明な黒猫が、僕を呼んだ。赤い表紙の古い本を戻し、学ランに袖を通す。参考書や弁当やらで、ずっしりと重いリュックを背負うと、黒猫が肩に飛び乗ってきた。
「行ってきます」
誰もいない家に、僕の声だけが響く。今日は両親の仕事が早かったから、僕1人なんだけど……やっぱり返事がないのは少し寂しいな。合鍵で、しっかりとドアを閉める。
「おっ、紅樹おはよう!」
ニカッと笑って、友達……いや、相棒の橙真が言った。
「おはよう。朝から元気だね」
いつものことだけど、と心の中で付け加える。橙真とは小学校から一緒で、家も近い。所謂、幼馴染ってやつ。
「まぁな。でも今日は特に、だな」
「というと?」
そう訊くと、橙真はニヤッと笑う。風で彼の長い茶髪が揺れた。
「さっき、新しい依頼が入ったんだ。内容からして、今回は紅樹の仕事だぞ」
「あぁ、葉桜?」
小さな声で言うと、こくりと頷いた。僕の仕事ってことは、心霊系かな。
葉桜、多分学校で1番噂になっている、LIMEのアカウントだろう。色んな噂が出回ってると思うけど、まぁ想像は想像だし何でもいい。
葉桜は、橙真が作ったアカウントなんだ。僕らが持つ、他の人とは違う力……祓い人としての力を生かすために。誰かの為に使うために。
「依頼内容は、後で送っておくな。授業中にでも見ておいてくれ」
「授業中かは置いといて、昼休みまでには見ておくね」
そう言うと、隣から笑い声が聞こえた。橙真は、よく授業中にスマホをいじってるからね。僕は怒られたくないから、しないけど。たまにしかね。
「にしても、バレないもんだな。俺らが葉桜の中の人だって。始めてから2ヵ月は経ったろ?」
「そうだね。もうすぐ3ヵ月かな。これまでの依頼人の中で、口を滑らせた人もいないし……」
依頼人には正体を明かさないよう、言ってはいるんだけど……ここまでとはね。正体を隠しているのは、下手に騒がれたくないのと、からかわれたくないから。橙真も多分同じ。
「凄いよな。皆、俺らにビビってんのかな」
「かもね」
いたずらっぽく笑ってみせる。すると、ぶはっと橙真が吹き出した。表情がころころと変わって面白いな。
下駄箱で靴を履き替えて、2年1組の教室に入る。
「んじゃ、昼休みに屋上で」
「うん。ついでに色々考えておくよ」
そう言って、自分の席に座る。橙真とは同じクラスではあるけど、教室ではあまり話さないんだ。葉桜のこともあるけど、単純に趣味が違うからかな。
これは僕の勝手な考えだけど、仲が良いイコール趣味が同じだとは限らないと思う。まぁ、友情にも色々あるんだけどね。
「んにゃー」
肩に乗っていた黒猫、コトが背伸びをする。家を出てから、ずっと寝てたみたい。
「まだ時間はあるね」
リュックを漁っていると、スマホが震えた。橙真からLIMEかな。
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