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それから暫くして、僕と龍さんは、パパとママをお店に招いて話し合いをした。tosacafeに初めて足を踏み入れたママは
「こんなに狭いところで暮らしているの?」
なんて、驚いた声を上げるという、もの凄く失礼な態度をとった。
「無駄に広いだけのうちよりも、よっぽど龍さんの家の方が居心地が良いよ」
と、僕がじとーっとした目で言うと
「……ごめんなさい」
と、ママは龍さんに謝った。龍さんは
「家を大きくできるように頑張ります」
と、言ってしっかりと頷き、パパは
「じゃあ、うちで働くことだな」
と、言って屈託なく笑っていた。
龍さんと一緒に料理をしているんだって言った僕を見て、ママは驚きに目を瞬かせ、そして、どういうわけか、ちょっと泣いた。
パパは、仕事だけじゃなくて料理もできる龍さんのことを本気で気に入ってしまったようで、うちの会社に席だけでもいいから置かないか?と、謎な提案をしていた。
この寂れた商店街で、のんびり料理を作ることができるのなら、それでも良いです。隣に司がいてくれたら、更に良いです。と、言って、龍さんが無邪気に微笑むのを見て、ママは困ったように眉を下げ、それから、僕の手を握って小さく頷いた。
留学の話は、兄さんたちの薦めもあって行くことにした。今まで育ててもらったパパとママへの恩返しの意味もあるし、これからは立派に独り立ちできます、という意思表示にもなる。
自分自身が成長できる機会を、親への反抗心から無碍にする必要はない。向こうに行けば、自由の身だ、と言われ、確かに、それもそうだと思ったし——なにより、龍さんが、待っていてくれると約束してくれて、僕に今、必要なことは、大きな視野で物事を捉え、自分自身の目や耳や感覚で、見て、聞いて、学ぶことだと背中を押してくれたからだ。
「寂しさや辛さや苦しさを乗り越えた先には、ひと回りもふた回りも大きくなった司がいる。俺も司に負けないように、こっちで頑張るよ」
龍さんは僕を抱きしめ
「遠距離か……。浮気されたらどうしよう……」
と、自分で自分の古傷を抉った。
「それは、僕のセリフです‼︎龍さんは自分がモテてることに気がついてないし、そもそも、こっちにはアスナさんもいるんですよ‼︎はぁ、心配で勉強なんてできない……。やっぱり、行くのやめようかな……」
そう言って、龍さんの背中に回した腕に力を込めると、頭のてっぺんにキスされた。離れたら、こういうこともできなくなるんでしょ?いや、無理。本当に無理なんだけど‼︎
「会いに行くよ。絶対に。司も、どうしようもなく辛くなったら、帰っておいで。俺はいつだって、ここにいるから」
そんな優しい言葉をかけられて、髪を撫でられたら泣いちゃうよ……。龍さんが応援してくれるから頑張ろうって思ってるのに、離れたくなくなっちゃうよ……。
「司。好きだよ」
龍さんのこの言葉が、いつだって僕を優しく包み込み、あたため、支えてくれる。僕は、もう1人じゃないんだって思える。強くなれる。
——龍さんに出逢えて、本当に良かった。
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