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キャベツに恨みはないけど……覚悟しろっ‼︎と、包丁を持ち直した時、龍さんが手持ち無沙汰の楓さんの前に、長芋とおろし金を置いた。
「楓は次これね」
「長芋ってお好み焼き粉に入ってるんじゃないの?」
「入ってるけど、足した方がふわふわになって美味しいって、頃毛のおばさんが前に言ってたんだよ。だから、試してみようかと思って」
「ふ〜ん、そうなんだ。そういうことなら、オッケー、オッケー」
腕まくりをして長芋に手を伸ばした楓さんが、ふっと動きを止めて僕を見る。
「司きゅん。長芋すりおろしたことある?」
「ないです」
「よしっ。じゃあ、やってみよう」
「え?僕まだキャベツが……」
「大丈夫。キャベツはおじさんに任せなさい。ほら、何事もチャレンジだよっ‼︎」
そうか……、そうだよね。やったことがないことにチャレンジするって大切だもんね。よしっ。僕は持っていた包丁をまな板の上に置いて、手を洗ってから長芋を掴んだ。思っていたよりもぬるぬるしてて、滑るっ‼︎
「なんかぬるぬるします」
「そうっ。ぬるぬるするからね、動かす時はしっかり掴むんだよ?」
「はいっ‼︎」
「持ちやすい様に龍さんが皮を残してくれてるから、そこを持つとやり易いよ。動かす時は円を描くようにね」
「はいっ‼︎」
楓さんのアドバイス通り、長芋の端に残っている皮の部分を両手で掴んで、クルクルと動かす。わぁ、シャリシャリ音がして楽しい。
「ゆっくりでいいからね」
「はいっ‼︎」
長芋自体が固いわけじゃないから、あっという間にすりおろせてしまった。
「わぁ、ぬるぬるだ……」
両手に残った白くてぬるぬるした長芋を触って遊んでいると、楓さんがクスクス笑っていることに気がついた。
「何笑ってるんですか?」
「いや、司きゅんが無邪気にエロっ、ふぐっ」
楓さんの口を大きな手で塞いだ龍さんが
「何でもない。早く手洗っちゃいな」
と言って微笑み、僕の手元にあるおろし金を持って行った。ふーん。長芋と生地を混ぜ合わせるんだ。美味しそう……。
楓さんは相変わらずクスクス笑っているけど、なんなんだろう。まぁ、いいや。手洗おう。うーん、なかなか取れないな、この、ぬるぬる。
必死に手を洗っている僕の耳元に、背後から覆い被さるように、ふっと顔を寄せた楓さんが
「あーぁ、洗っちゃった。せっかくエロかったのに……」
と言って、シンクに長芋が入っていたおろし金を置いて、ニッと笑った。
その時、楓さんがどうして僕に長芋をすりおろせって言ったのかを唐突に理解した。楓さんって本当……。
「エロいのは楓さんじゃないですかっ」
「なんのことー?さぁ、お好み焼き食ーべよっ。エロい司きゅんのとろとろお好み焼きー」
「もうっ‼︎そういう言い方やめて下さいっ‼︎せっかく美味しいお好み焼きを食べるのに、変な感じになっちゃうじゃないですか‼︎」
「大丈夫、大丈夫、味は変わらないよ」
と、まぁ、こんな感じでお好み焼きパーティーは開幕したのでした。
僕のファーストお好み焼きは、龍さんの手作りで、めちゃくちゃ美味しかった。っていう話はおしまい。
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