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いつものバスに乗り、いつものバス停で降り、大学までの道を歩く。肩から下げたバッグがとてつもなく重たくて、その場に座り込んでしまいたくなる。
こんなんじゃ授業なんてまともに受けられない。僕は踵を返し、すれ違う生徒たちに訝しげな顔を向けられるのも構わず、またバス停まで歩いた。
ベンチに座ると、あの商店街がある街の名前が視界に入った。
「……コロッケ、食べたい」
僕はタイミング良く到着したバスに飛び乗った。目指すのは、あの商店街だ。
単位を落とせば、パパに何を言われるか分からない。兄たちは要領が良いから、遊びも勉強も上手にやっていた。僕が単位を落としたとなれば、烈火の如く怒り狂うだろう。いや、お前のような愚息はいらない、と切り捨ててくれるかもしれない。
それならそれで、いいような気がした。
バスに揺られながら、窓の向こうに流れていく景色を眺める。所狭しと並んでいる窓の向こうでは、知らない人たちが、当たり前のように生活していて、僕がこうして見ていることなんて、少しも知らないんだな。
なんて考えていると、不思議な気分になった。僕と言う存在が、ガラスみたいに、どんどん透けていって、そのうち、なくなってしまえば、誰にも気付かれずに、ひっそりと生きていけるのかもしれない。どうせ僕は、存在していないも同然なんだから、それでいいんだ。
「あら、いらっしゃい。今日も同じのにする?それとも違うのにする?」
商店街のちょうど真ん中辺りに位置する、頃毛精肉店という変わった名前のお肉屋さんの前で、僕は財布を握りしめたまま硬直した。
頃毛精肉店にはお客さんが入れ替わり立ち替わりで訪れている。つまり人気店だということだ。昨日の今日とはいえ、まさか、覚えていてくれるとは思ってもいなかった。
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