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「ありがとうございます。いただきます」
熱々のメンチカツをひとくち頬張ると、口いっぱいに肉汁が広がった。噛むほどに甘さを増す肉。そして、鼻腔から抜ける芳醇な香り。僕はあまりの幸福感に目を瞑った。
「……すっごく美味しい、です」
ママの作る味気ない料理とは違う、幸せの味だった。
「あなた、本当に美味しそうに食べるわね」
おばさんがケラケラと笑っている。
「だって、本当に美味しいです、これ。サービスで頂いちゃって申し訳ないです」
「いいのよ。またおいでね。サービスするから」
「また来ます。毎日来ます‼︎」
「あはは。すっかり常連さんね」
「はいっ」
そう答えた時、おばさんの後方から歩いて来た男の人がショーケースを覗き込むのが見えた。
「おばちゃん、ベーコンある?この間のやつ」
男の人は一通りショーケースを眺め、それから、僕の手に握られているメンチカツを見た。
「美味いよね、それ」
そう言って笑いかけてきた男の人は、透けるような金色の髪で、前髪はヘアワックスかなにかでアップバングにして、ちょっと長めの襟足を、ゆるっと後ろで纏めている。
露わになった首元と額に、細く流れている髪が、男らしさと色気を体現している。真っ昼間から、こんなに色気を漂わせている人——僕の周りに今まで存在しなかった。
捲り上げたTシャツの袖から伸びている引き締まった逞しい腕は、そのまま、ズボンのポケットにしまわれている。輩?輩なの?
背も高い。175㎝の僕でも、見上げてしまいそうだ。すらっとしているのに、つくべきところにきちんと筋肉が付いている感じ。この人が細マッチョじゃなかったら、誰が細マッチョなんだ‼︎って感じだ。
金髪の大男……、怖いっ‼︎爽やかに笑っているけど、なんか怖い‼︎絡まれてる?もしかして、今、絡まれてる?お金巻き上げられる?
「お金、持ってません、僕」
「は?」
金髪大男は目を瞬かせ、メンチカツで、できる限り顔を隠そうとしている僕を見て、吹き出すように笑った。
「え、怖い?俺」
「怖いです。金髪の人、初めて見ました」
メンチカツ越しに目が合うと
「あはは。初めて見たって、金髪」
と、言って、おばさんの肩を叩きながら笑い転げている。なんと、まぁ、感じの悪い男なんだ。
絶対に、口が裂けても言えないけれど……。
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