キミの隣、ふわり

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   予定をキャンセルって……。ママがこんなことを平気で言うのは昔からだ。おかげで、もともと少なかった友達が、さらに少なくなった。  急な予定変更に慣れている歩夢は別として、他の友達も、離れていくのは時間の問題だと思う。頻繁にドタキャンする奴と、友達でいたいなんて思わないよね。当たり前。  今までは、それも仕方のないことだと思っていた。離れていく友達を、僕は引き止めることができなかった。だって、きっとまた、ドタキャンしてしまうから……。  でも……、龍さんだけは無理だよ。離れていくのを、黙って見ていることなんてできない。  スーツをクローゼットに掛けてから、ママの背中を追う。 「待って、ママ。明日は無理だよ。大切な約束があるんだ」 「歩夢君との約束でしょう?だったら大丈夫よ。明日のパーティーには歩夢君も来るんだから。何か話があるなら、その時に話せばいいわ」  やっぱり歩夢も来るんだ……。どうしよう。どうしたらパーティーに行かなくてすむ?考えろ、考えろ、考えろ。 「パーティーは18時からだから、その前に美容室に行きましょう?時間があれば買い物もできるかもしれないわね。そういえば、あのノート、司が持ってる?さっき探したら、見当たらないの。ママ、すぐ物をなくしちゃうから、困っちゃう……」  ダイニングのチェストを開けて、ママはノートを探している。どんなに探しても、絶対に見つからないよ。あのノートには、初めてあった日、龍さんが書いてくれた店名、電話番号、そして、黒瀬 龍という、僕の大好きな人の名前が書かれてる。そんなの、ママに渡せるわけがない。あのノートは僕の宝物。 「……ねぇ、ママ。留学やめたい」  僕の声は、思っていたよりも小さかった。それでも、ママにはしっかりと届いていた様で、探し物の手を止めて、こちらを振り返った。 「どうしたの?急に。アメリカに行く前から、ホームシック?」 「そうじゃないよ。本当はずっと前から考えてたんだ。僕は、兄さんたちみたいに優秀じゃないし……留学するよりも、自分には何ができるのか、ちゃんと考えたいって……。今は、その方がいいんじゃないかって……」 「司。あなたが優秀じゃないなんて、誰も思っていないわ。大丈夫。パパとママの言うことを聞いていれば、それでいいの。お兄ちゃんたちだって、立派にパパのお仕事を手伝っているでしょう?司も、留学から帰ってきたら、そうなるのよ。だから、心配しないで」 「でも……」 「もう、この話はおしまい。明日は美容室に行って、買い物をして、パーティー。分かったわね?」  僕は頷きもしなかったし、はい、と返事もしなかった。したくなかった。それでも、ママは話を切り上げて、またノートを探し始めた。  最悪だ……。あんなに楽しみにしていたお祭りに、行けなくなった。  ママに背を向けて、自室に戻ると、うつ伏せでベッドに倒れ込んだ。枕の下に隠したスマホが、指の先に触れた時、どうしようもなく悲しくなって、泣きそうになったけど、唇を噛んで耐えた。こんなことで泣きたくない。負けたくない。  龍さんに、お祭りに行けなくなったとメールしたら 「そっか。もし、来られそうだったら、いつでも連絡して。何時でも待ってるから」  と、返信が来た。耳の後ろがきゅっと痛くなって、視界がぼやけた。僕という人間に生まれてきたことを、僕は心の底から呪い始めていた。  僕じゃない僕になるには、一体どうしたらいいの?誰か教えてよ……。
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