キミの隣、ふわり

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   土曜日。  ほとんど眠れないまま、朝を迎えた。ベッドに横になり、少しだけ開けてあるカーテンの向こうが、だんだんと白んでいくのを眺めていた。  ママとパパが起きる前に家を抜け出して、バスに乗ってしまうことも考えた。でも、そんなことをしたら、ママが半狂乱になって探し回りそうだし、結果、癒しの場所である、あの商店街と龍さんのお店がバレてしまっては最悪だ。  それに、そんな子どもっぽいことをしたら、龍さんにも呆れられてしまいそうな気がした。それは、絶対に避けたい。ただでさえ、龍さんから見たら、6歳下の僕なんてお子ちゃまみたいなものだから……。  朝ご飯は、味のしないオムレツとサラダとスープと、最近ママがハマっている、なんとかってお店のクロワッサンだった。  ママとパパは今夜のパーティーについて、いかに有意義な時間であるかを力説していたけれど、僕はずっと龍さんのことを考えていた。龍さんの作った朝ご飯が食べたかった。  だからといって、何かを言ったところで、今更、お祭りに行くことは不可能だ。抵抗することは諦めて、クローゼットからママが選んだ服を着て、ママの言う通りの時間に車に乗って、美容室に行った。親切そうな美容師さんが 「スーツに合わせるなら、もう少し前髪を短くした方がいいと思いますよ?」  と、提案してくれたけれど、毎日スーツを着るわけではないので、セットだけお願いした。  ママは 「せっかくだから、切ってもらったら?ママ、前髪が長すぎると思うの」  と、言っていたけど 「留学行く前に切るよ。その時はママが髪型決めてよ」  と、言うと、納得してくれた。  パパの仕事を手伝うようになったら、服装から靴から鞄から髪型まで、何から何まで全部ママの言う通りにしなきゃいけないのか、と思うと、ちょっとだけ苦しくなった。息がしづらい……。  髪型を大人っぽくしてもらって、ママが仕立ててくれた高級スーツに袖を通すと、こんな僕でもそれっぽく見えるから不思議だ。ネクタイを締めると、ますます息がしづらくなったけど 「どう?似合う?」  なんて言って、おどけて見せると、ママは嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見た時、思い出した。僕は、いつだって、こうだった。昔の自分に戻っただけだ、って。  車に乗り込む時、ふと空を見上げると、嫌になる程、快晴だった。運転手さんが言うには、この天気は夜まで続くそうだから、きっと、花火が綺麗に見えるだろう。一緒には見られないけど、龍さんが楽しんでくれるなら、それで良い気がした。
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