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「司くんもシャンパンで良い?」
バルコニーに設置されたバーカウンターから、シャンパングラスを2つ持ち上げた彼女が、片方を僕に差し出している。
「ごめん」
「シャンパンは嫌い?じゃあ、何がいいかしら……。うちのバーテンは優秀だから、司くんが好きなお酒を作れると思うわ」
「お酒のことじゃない。キミと僕が結婚するって話だよ」
真彩さんは、僕の言葉に顔を曇らせた。
「分かってる。司くんが、私のこと、そういう風には見てくれてないってこと……。でも、今すぐの話じゃないから、考えてみて欲しいの。
私もね、司くんと同じ大学に留学することになってる。だから、向こうでも仲良くしてねっていう、それだけのことなの。はい」
彼女は少し寂しげに微笑んで、僕の手にシャンパングラスを持たせると、ベンチに座った。真彩さんを一人で座らせておくのも、どうかと思って、散々悩んで、ベンチの端に腰掛けた。
「そんなに離れて座らなくてもいいのに。なんか傷つく」
真彩さんは間に二人くらい座れそうな僕との距離を見てクスクス笑っている。その姿はとっても可愛らしくて、僕じゃなくても、彼女を好きになってくれる人は、他にもいるだろうって思う。
「司くんって、もしかして、好きな人がいるの?」
「え?」
「なんとなく、そう思ったの。私も、他に好きな人がいたら、その人に誤解されたくないから、こうやって距離をあけて座るだろうなぁって。当たり?」
小首を傾げた真彩さんに、こくりと頷くと
「本当、嘘つけないんだね、司くん」
と、言って、またクスクスと笑い始めた。
「もう、嘘つくのは嫌なんだ」
「そんなに嘘ついてきたの?苦しかったでしょ」
「うん。苦しかった……」
「そっか……。じゃあ、もうやめちゃいなよ。嘘ついて自分を誤魔化しても、きっと、幸せにはなれないよ……」
「……そうだよね」
僕と真彩さんは、月が見下ろすバルコニーでシャンパンを飲んだ。留学とか結婚とか、そんな話は少しもしないで、他愛無いことを話して笑い合った。
真彩さんには、幸せな結婚をして欲しいなって、本当に、心から、そう思った。
酔いの回った真彩さんが
「良い男がいるかどうか偵察してくるね」
と言って、パーティー会場に戻っても、僕は延々とバルコニーのベンチに座り続けた。
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