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「歩夢君の家に泊まるってママに嘘をついて、恋人の家に泊まっていたの?」
「嘘ついてごめんなさい。でも、本当のこと言ったら、許してもらえないと思って……」
「当たり前でしょう?あなたがお付き合いする人は、ママがきちんと選んであげますって言ったでしょう?どこの誰なのか知らないけれど、司に嘘をつかせて外泊させるような人、今すぐ別れなさい」
「嫌だよ。絶対に別れない。嘘をついたのは僕の意思で、あの人は何も知らないよ」
「知らないからって許されることではないわ。司が言えないのなら、ママが伝えてあげます。連絡先とお名前を教えてちょうだい」
感情的になっていた、と思う。
「嫌だ。絶対に教えないし、別れない。留学も行かない。あの人の傍にいる。僕、あの人がいないとダメなんだ。このままじゃ、息ができなくなる。苦しいんだよ。お願いだから、僕の話を聞いて。お願いだよ、ママ……」
縋るように距離を詰めると、ママは躊躇うことなく手を上げ、僕の頬を叩いた。痛い、よりも驚いた。ママは氷みたいに冷えた眼差しで僕を見つめ
「司はそんなこと言わないわ」
と、言った。それは違うよ……。
「……言うよ。言うに決まってる。僕にだって、感情はあるんだよ?ママのいうことはもちろん聞きたいけど……、でも、別れるのだけは嫌なんだ。そうだ、一度会ってみてよ。ママも、」
「司を惑わせるような人に会う必要はないわ。司も早く目を覚ましなさい。あなたには、もっと相応しい人がいるわ」
「なんで会ってもいないのに……、何も知らないのにそんなこと言うの?」
「ママには分かるのよ。司のことはママが1番良く分かってるもの」
「分かってないよ‼︎ママは僕のことなんて少しも分かってない」
言いすぎた、と思った。ママの顔がすっと蒼くなったから。でも、もう引けないよ。
「……そう。そんなに、その人がいいのなら出て行きなさい。もう、うちには帰って来なくて結構」
ママは背を向け、パーティー会場へと歩いて行った。僕は、確かにママの期待を、信頼を、裏切ってしまったかもしれないけれど……、話くらい聞いてくれてもいいじゃないか。龍さんに会ってくれたら、きっとママの気持ちも変わるのに……。
「ごめん、歩夢。もう、アリバイ工作できなくなっちゃった……」
「そんなの、気にしなくていいよ。大丈夫か?」
歩夢の問いかけに、首を横に振る。
「ごめん。先帰るね」
「司‼︎」
歩夢が引き止めるのも聞かず、パーティー会場から抜け出した。幸いなことに、ママにもパパにも鉢合わせすることはなかった。
クロークに預けていた荷物を持って、玄関から出ると、ちょうど良くタクシーが停まっていた。送迎車ではなかったので、躊躇うことなく乗り込んだ。窓の向こうに流れる景色は、すっかり色をなくし、モノクロ写真みたいだった。
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