キミの隣、ふわり

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   これからは真面目に働くことにした、と言う通り、龍さんは以前よりも仕込みの量を増やしていた。 「お客さん増えてきたから、アルバイトでも雇おうかなー」  本気とも冗談とも取れる龍さんの言葉に、パンの配達に来たまま、カウンター席に居座っているアスナさんがすかさず反応する。 「え、それって、アスナに嫁に来いって言ってます?龍先輩ったら♡アスナは構わないですよ?いつでも♡」 「でもなー、アルバイト雇ったら、色々面倒くさいかなー」 「アスナなら面倒くさくないですよ♡」 「お前はすでに面倒くさい」 「ひっどーい‼︎」  仲良く言い争いをしている龍さんとアスナさんを横目に、僕はテーブルを拭いたり、カトラリーをセットしたり、グラスを磨いたりしている。勝手に家出して、龍さんの家に居候させてもらってるんだから、ちゃんとお手伝いしなくちゃ。 「アルバイトなら司がいるじゃないですか」  アスナさんの言葉に振り向くと 「司は大学があるから、ここでアルバイトなんてさせられない」  と、仕事の手を止めずに、龍さんが言った。  大学にはもう行かないつもりだったけど、やっぱり行かなきゃダメかな……。あの後、パパと兄さん達から、次々と連絡が来たから、スマホの電源は切ってしまった。謝るつもりはない。話も聞かないで、叩いたりするママが悪いんだ。僕は悪くない。……たぶん。 「じゃあ、やっぱりアスナしかいないですね♡」 「アスナに頼むくらいなら、1人でやるから大丈夫ー」 「大丈夫じゃないですよ、手伝います♡」 「お断りします」  アスナさんは今日も、龍さんに軽くあしらわれて、不貞腐れて帰って行った。それでも、次の日の朝には、いつも通り語尾に♡をつけてやって来る。逞しいというか、なんというか……。
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