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16時を過ぎて、公園内の出店が賑やかになり始めた。辺りを漂う香ばしい匂いや、甘い匂いに、空腹感が一気に増す。
「お腹空きました……」
お腹を触りながら、ボソッとつぶやいた僕を見て、龍さんは
「まずは、なんか食べるか」
と、言ってクスクス笑っている。お祭りといえば、やっぱり焼きそば?焼き鳥も捨てがたいし、綿あめも食べたい。何を食べようか、迷いながら歩いていると、出店のおじさん達に絡まれた。僕じゃなくて、龍さんが。
「おい、龍。なんだよその格好は。そんなんじゃ、手伝えないだろ」
「昨日、散々手伝ったじゃん。今日は遊ぶ日なんだよ。焼きそばちょうだい」
「ほしけりゃ自分で作れ」
「なんだよ、それ。食べるのは俺じゃなくて、司なの」
龍さんに両肩を掴まれて、屋台のおじさんの前に押し出される。
「あ、こ、こんばんは。焼きそば、ひとつください」
そう言ってお金を持った手を差し出すと
「お兄ちゃん可愛いね。これはサービス。いっぱい食べな。足りなかったら、またおじさんに言うんだよ?」
と、焼きそばの入ったプラスチックのパックを2つ差し出された。
「そんな、お金払います」
「いいの、いいの。サービスだから」
「でも……」
「遠慮なんてしないでたくさん食べな。ほら、ほら」
僕の両手を掴んで、焼きそばを持たせてくれたおじさんは、満足そうに頷いている。楓さんの言葉を思い出し、僕はありがたく受け取ることにした。
「ありがとうございます」
ひとつ分のお金で、ふたつ買えた。嬉しくなって、龍さんを振り返ると、なんだか不貞腐れていた。なぜ?
「やっぱり、浴衣なんて着せなきゃ良かった」
「え?」
「司の可愛さ倍増で、変なヤツにちょっかいかけられそうで心配になった」
「そんなことないですよ。僕は、龍さんの方が心配です。さっきから、すれ違う女の子たちが、龍さんのことすっごく見てるんです」
「見られてるのは俺じゃなくて司だよ」
違うよ、龍さんだよ。龍さんが気づいてないだけだよ。自分がモテてることに気がついてないなんて、余計に心配だよっ。
僕と龍さんは、人気の少ない、公園の奥のベンチで食べることにした。出店の近くは、席が埋まっていたので、どこも座れなかったから仕方ない。
僕は、焼きそばと焼き鳥と小さなりんご飴を買ってもらった。こういうの、初めてだから楽しい。
りんご飴を舐めながら、スーパーボールすくいをしている小さい子を見ていると、隣で焼きそばを食べていた龍さんが
「食べたらやる?」
と言った。やってみたいけど、オトナの僕がやってたら可笑しいよね。
「ううん、やらないです」
「やろうよ」
「うーん。ちょっと考えます」
食べかけのりんご飴を袋に戻して、焼き鳥の入ったパックを開ける。わぁ、良い匂い。美味しそう。焼き鳥の中に、豚串が2本入っているのは、頃毛精肉店のおばさんがサービスしてくれたから。
早速、豚串から食べ始めると、龍さんが僕の手を掴んで、そのまま食べた。
「もう1本ありますよ?」
「いいよ。ひと口食べたかっただけだから」
龍さんは焼きそばを食べ終わると、缶ビールを開けて、ぐいっと喉に流し込む。浴衣の襟元が絶妙な感じではだけていて、ビールを飲むたびに上下する喉仏がセクシーです。女の子たちも、釘づけだよ。チラチラと龍さんを見ている女の子たちが、そのうち、声を掛けてくるんじゃないかと思って、ハラハラしていると
「あれ。ビールなくなっちゃった。ちょっと、買ってくる」
と言って、龍さんは行ってしまった。あー、ほら、速攻で声かけられちゃってるよ。やっぱり、龍さんに浴衣着せたの失敗だった……。
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