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「大丈夫。龍さん、すぐ戻ってくるよ」
楓さんが、いつも以上のテンションと声量で励ましてくれる。
「そうでしょうか……」
「そうだよ。いくら酔ってるからって、さすがにアスナには手出さないよ」
「そうでしょうか……」
「もうっ。そんな顔しないの、司きゅん。ほら、場所取り行こう。良く見える場所、俺知ってるから。ほらほら」
フランクフルト屋のおじさんに店番を任せた楓さんに連れられて、公園内を歩いて行く。他の人たちとは、反対方向に向かっているけれど、今となってはどうでもいい。花火が見えようが、見えなかろうが、龍さんとアスナさんはヤっちゃうんだから……。
「ここ、ここ。めちゃくちゃ良い場所だから。俺と龍さんは、いつもここで見てるんだ。花火綺麗に見えるから、そんな顔するなよ」
ずっと俯いたままの僕の髪を、楓さんが優しく撫でてくれる。一緒にいてくれて、心配してくれて、嬉しいのに、どうしよう、少しも笑えない。
ベンチに腰掛けて、膝を抱える。せっかく、浴衣もお揃いにしたのに……。もう、泣いてやるっ。
「っ、うっ……、龍さんの、バカ……」
「司きゅん……」
楓さんは何も言わずに、ただただ僕の髪を撫でてくれる。泣いたりして、ごめんなさい……。
「あ、いたいた、楓‼︎悪いけど、店戻ってくれるか?」
不意に聞こえた声に、楓さんがすかさず
「今、無理っ」
と、答える。
「ビールサーバーが可笑しくなってんだよ。お前しか直せないだろ?」
「可笑しくなったなら飲まなきゃいいじゃん」
「そうはいくかよ。皆、待ってるんだよ、頼むって」
「あーっ、もうっ、なんで今なんだよっ‼本当ごめんね、司きゅん。あーっ、ダッシュで‼︎ダッシュで行ってくるからっ‼︎」
楓さんは僕の頭をぽんぽんしてから、お店の方へと走って行った。腕時計は、花火の打ち上げ時刻を指している。結局、ひとりぼっちだ……。
ひゅーっという音がして、反射的に顔を上げると、目の前に大輪の花が咲いた。楓さんの言う通りだった。綺麗に見える……。
「間に合った……」
どーん、と響き渡る音と共に、背中から抱きしめられて涙が溢れた。龍さん、ちゃんと戻って来てくれた……。龍さんの息が上がっているから、きっと走ってくれたんだ。どうしよう、たまらなく愛しい。
「泣いたら花火見えなくなるよ?」
「龍さんが、僕のこと、置いて行くから……」
「ごめん。でも、あそこでグダグダするより、さっさと送り届けた方が、早く解放されると思ってさ。不安にさせて、ごめん」
そう言って、おでこにキスされただけで、何もかもを許しちゃう僕は、本当にちょろい。でも、仕方がないよね。僕は、龍さんのことが大好きなんだから。
花火が打ち上がっては消えていく間、龍さんはずっと僕を抱きしめていた。花火の音と、夏の匂いと、龍さんの鼓動。
僕の心臓は、ずっとドキドキしていた。来年も、再来年も、これから先ずっとずっと……、こうして、夜空に咲く大輪の花を一緒に見上げられますように……。僕は、何度も何度も、そう願った。
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