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キミの隣、ふわり
感情的になっていた、と思う。
「ごめんなさい。ちょっと散歩してきます」
そう言ったきり、なんの連絡もせず、縁もゆかりもない、見知らぬ土地をふらふらと歩き続けているなんて、少しも僕らしくない。
僕という人間は、いつだって誰かの言いなりで、自分の思考や感情なんてモノは、存在していないかのようにして生きてきた。
それについては、ツライとか苦しいとか、そういったことは思ったこともなくて、ただただ目の前にいる人たちが、笑っていてさえくれれば、それで良かったんだ。
だから、ママに向かって
「僕は全部、何もかも、ママやパパの決めたことだけやってればいいの?僕がどうしたいとか、そういうのは、少しも聞くことだってしてくれないの?」
なんて言ってしまった僕は、少しも僕らしくない。
ママは、とても悲しそうな顔をしていた。傷つけてしまったと思う。でも、後悔はしていない。ずっとずっと、言いたかったことだから……。
ふと視界に入ったベンチに腰かける。どうやら、このベンチは大きな公園の端に設置されているモノらしい。
間隔をあけて植えられている木々の隙間から、子どもたちがはしゃぐ声が聞こえる。まだ新しいのだろう、カラフルな遊具が、傾き始めた陽の光を浴びて、キラキラと光っている。
楽しそうだな……。そんなことを考えながら、ふぅ、とひとつ息を吐くと、自分が空腹だということに気がついた。
家を出たのは昼前だった。今は、16時。左腕に重たく巻かれた腕時計が、そう伝えているのだから間違いない。
「お前も、もう二十歳になったんだ。それくらいのモノを身につけた方がいい」
パパはそう言って、誕生日に、なんとかっていう有名ブランドの腕時計をプレゼントしてくれた。僕の頼りない腕には、あきらかに大きすぎるし、何より重たい。その重さが、期待とか信頼とか、なにより、自分は逃げることなど許されない立場なのだという証のようで、胸が苦しくなってくる。
手錠かな、そうだ、きっとこれは、お高くて煌びやかな手錠だ。
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